第12話 微震

3/5
前へ
/185ページ
次へ
「草太、横っ腹、もうどうもないか? ほんとあの日はゴメンな」 信夫は垂れ気味の眉尻を更に下げて消え入りそうに謝ってきた。 「100回くらい聞いたって。どんだけ心配性なんだよノブさん。ちょっとぶつけたくらいで大げさなんだから」 3日前、酒に酔ってご機嫌で帰ってきた信夫が、リビングでふらついて、草太を巻き込んでテレビボードの上に倒れこんだ。 草太は脇腹を打ってほんの小さな青あざを作ったが、信夫はそれをいつまでも気にしているのだ。 「本当か? 見せてみ」 草太のシャツを捲りあげて青あざが薄くなったことを確認し、やっと少しほっとしたようだった。 「俺もう本当に酒、やめるから。ごめんな、草太」 「もういいよ、気にしないで。じゃあ、行ってきます」 悪い人ではないのだ。逆に良い人すぎて時々草太は面食らう。 あのすがりつくような目で見られると、ぞわぞわして落ち着かなくなる。 「母性本能くすぐられるのよね」と以前、これまた酔っぱらったまま帰宅した母親が熱く語ったが、そういう事ならば、男の自分には一生わからない「良さ」なのだろうと、草太は理解するのを諦めた。 「うん。いってらっしゃい! 気をつけてな」 隣に響くほど元気なその声が、奥で寝ている母親を起こしてしまわないかとハラハラしながら、草太はマンションのドアを閉めた。 ひとつ深呼吸してから、歩き出す。 今日は、いつもより早く家を出た。 この時間なら走らなくても余裕で間に合う。けれども草太は足を速めていた。 なるべくなら今朝は優馬にも、菜々美にも、通学路で一緒になりたくは無かった。 出合ってしまえばいつものように振る舞うことは可能かもしれないが、今朝はいつもの倍、その労力を必要とするように思えたのだ。 昨日の下校時に感じた強烈な疼きは、一晩寝たというのにまだその胸の中に色濃く残っていて、この日も草太を苦しめる予感がした。              ***
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加