第13話 終わらない夜の始まり

2/6
前へ
/185ページ
次へ
本当はそんなつもりなど、なかったのだ。 自分は2階の勉強部屋で読みかけの漫画でも読みながら、松宮と紀美子の話が終わるまで待とう。 そう優馬は思っていた。 松宮が帰って行ってから「どうだった? どんな話したの?」、そう聞くのだ。 紀美子はきっと笑いながら他愛もない内容を話してくれるに違いなかった。 クラスメイトの子とのんびり歩いていたせいで、家に帰り着く頃には1時を回っていた。 『ただいま』と言った優馬の声は、掃除機をかけていた紀美子に届かなかったようだ。 振り返りもせずに熱心に作業を続けている。 優馬は一呼吸置くと靴をそうっと下駄箱に片付け、2階の自分の部屋に音を立てずに上がった。 特に意味はなかった。けれどどちらも、いつもはやらない行為だ。 そしてその行為は、次なる確信めいた行為に繋がった。 〈ちょっと遅くなるから〉と紀美子にメールを入れたのだ。 居心地の悪い鼓動を感じながら昼飯も食べずに2階に潜んでいる自分が、堪らなく汚い人間に思えた。 消音にした優馬の携帯に、《そっか、残念。優馬も横に座っててほしかったんだけどな~。あの先生、何だかちょっと変わってて、不安なのよね》と紀美子からの返信が届いたのと、来客を知らせるドアホンが鳴ったのは、ほぼ同時だった。 優馬はそっと、階下からは死角になる階段の中程に座り、リビングの二人の会話を聞いた。 胃の辺りが気持ち悪いのは、きっと空腹のせいなのだと自分をごまかしながら。 「優馬はどうですか? 友達と仲良くやれてるでしょうか。小学校の頃から内気で友達も少なかったみたいだし、あんまり友達を家に呼ぶこともないし……。いじめられてるとか、ないですよね」 紀美子の声が、静かに問う。 「ああ。そういうご心配ならば無用です。優馬君はおとなしい性格のようですが、誰にでも好かれる良い子ですよ。学校でも、なんの問題もありません」 そこから始まったのは、本当に聞いていて気恥ずかしくなるような、子煩悩な母親と誠実な教師の会話だった。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加