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松宮の言葉が体裁なのか本心なのかは分からなかったが、模範的な言葉がさらさらと流れてくる。
紀美子はもしかしたら、その言葉を聞き、安心したかったのかもしれない。
嬉しそうな紀美子の相づちを聞くうちに、優馬はそう思った。
いつしか胃の不快感は去り、体の筋肉が弛緩して来るのが分かった。
『大事にされてるんだよ。いいお母さんじゃないか』と言った松宮の言葉が、その会話を聞いていて改めて実感として沸いてきた。
優馬への愛情が素直に伝わって来る。
代わりにこうやって階段の途中に座り、コソコソと二人の会話を聞いている自分の醜さが、ひんやりと身に染みてきた。
いったい自分はここで何をしているのだろうと。
もう部屋に戻ろう。
そう思い、そっと立ち上がろうとした時だった。
松宮の言葉がそれを止めた。
「弟さんのご遺骨、お墓には入れてあげないのですか?」
心臓に杭を打ち込まれたような痛みが走った。
そしてその後のほんの数秒の沈黙は、優馬のささやかな安堵をもぎ取ってしまうには充分だった。
見ていなくても優馬には分かった。
二人はこの瞬間、リビングの隅に置いてある簡易仏壇を見つめているのだ。
優馬は青ざめながら、ゆっくりと再びその場に腰を下ろした。
「ああ……、ええ。この子、直はもうしばらく傍に置いておきたくて。2年前に亡くなった主人のものは、すぐに主人の実家の墓に納骨してしまったのに。……やっぱり変に思われますよね」
紀美子は、やんわりと明るい口調で言った。
けれど聞いている優馬の心臓は鼓動を早めた。
今まで、気にはなっていたが一度も深く追及しなかった話題なのだ。
「いえ、お気持ちはわかります。とても」
松宮は、静かな口調で返した。混乱している優馬の心の内とはあまりにもかけ離れた穏やかな声で。
「木戸家から直と一緒に出るつもりだからよね、って友人に言われたんですが、そんなつもりじゃないんですよ。本当に。私には優馬がいますし」
「わかります」
紀美子の声も、驚くほど穏やかだった。否、気のせいか嬉しそうにも聞こえた。
それはまるで、それこそ本当に自分が話したかった話題なのだと言っているように思え、優馬は体を強張らせた。
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