第14話 つかの間の逃避

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優馬は2人の話が終わるまで2階の廊下でじっとしていた。 松宮が席を立ち帰っていくまで、それから10分はあったろうか。 1階から微かにTVの音が聞こえ始めるころ、ようやく優馬はゆっくりと立ち上がり、そろりと階下に降りた。 ポケットに必要最低限のものだけ突っ込んで。 鉛を呑み込んだような重い気持ちのまま家の外に出て、ガレージの隅から自転車を出していると、紀美子がサンダル履きで出てきた。 玄関ドアの音に気が付いたのだろう。 「あれ。優馬帰ってたの? 全然気づかなかった。お昼ご飯は?」 「うん、もう適当に済ませたから、いい」 いつもと変わらない声を出すのが、こんなに難しいと思ったのは初めてだった。 「ついさっき先生帰られたよ」 「みたいだね」「いろいろ話したけどさ、やっぱりちょっと変わり者よね松宮先生って。良い先生だとは思うんだけど、どこか今までの先生と違うのよね」 「うん、そうかもね。みんなそう言ってるし。じゃあ僕、友達の家に行ってくる」 「誰?」 「えっと、浜田君。ちょっと遅くなるかも」 半ば逃げるように優馬は自転車を道路まで押し出した。今は紀美子の声を聞くのさえも辛い。 「あれ、自転車、どうしたの?」 「え?」 紀美子が指さすほうを見ると、自転車のライトのプラスチックカバーが、2センチ角くらい欠けて、中身の電球が僅かに見えていた。 今までまったく気が付かなかった。 「ほんとだ。……駅前に停めた時ぶつけられたのかも。あそこに停めると結構無茶されるんだ。でも全然平気。ライトなんか光ればいいんだから。じゃ、行ってきます」 いつもより早口でテンションが高かったかもしれないと思いながら、優馬は逃げるように家を後にした。 気を付けなければ。 あの、松宮との会話を優馬が盗み聞きしてたことを、絶対に紀美子に悟られてはならなかった。 それがバレてしまったら、それこそもう、二度と修復できない溝ができてしまう。絶対に避けなければならないと思った。 いつも通りに。今まで通りに。  それが紀美子の願いだとしたら。
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