第14話 つかの間の逃避

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そうは思っても優馬の中の虚脱感は、当然ながらいつまでも取れなかった。 抜け殻のような体を自転車に預け、田舎道をあてもなく彷徨った。 人ごみの中に行く気にもなれず、住宅建設予定地になっている雑木林沿いを走っていると、必然的にあのモーテルの前まで来た。 旧国道から控えめに、少し奥まった場所に立っているにもかかわらず、相変わらずその黒塗りの洋館は異質な存在感があった。 あの3階にはまだあの絵が置かれているのだろうか。 不思議ともう、あの時ほどの胸のざわつきは無かったが、あの絵の存在理由だけはやはり今でも気にかかった。 スイと、入口のほうへ優馬が自転車を進めると、同じように3階あたりをじっと見上げている人影が、庭木の陰から現れた。 「草太?」 後ろからそっと声をかけると、振り返った草太が最初ビクリとし、そのあと嬉しそうに笑った。 まだ家に帰っていなかったのだろう。下校時の恰好のままだ。 草太は次にまじまじと優馬の顔を見つめ、そして今度は眉をしかめる。 「優馬、どうした? 死にそうな顔してんぞ」 「……なんで。そんなことないって。草太の目、おかしい」 笑ってみた。 笑ったつもりだったのに唇がゆがんで震え、目頭がジワリと熱を持った。 今、一番会ってはいけない友人だったのかもしれないと思った。 草太はいつだって優馬の気持ちを敏感に読み取る名人だ。 気づかれ、図星を突かれたら最後、気持ちが緩んで安心して、閉じ込めようと思った感情が一気に放出されそうになるのだ。 ぐっと優馬はそれを飲み込んだ。 今日のは、だめだ。 この感情は草太にだって説明できない、したくないと思った。 「何してんの? 草太は」 ばれないようにさりげなく涙を拭って訊くと、草太はゆっくりと優馬の傍まで歩み寄って来た。 「行く宛てもなくってウロついてるんなら、うちに来いよ優馬。母さんもノブさんもいない時間だし。浜田んちみたいな最新ゲームは無いけどさ」 「それは残念」 優馬はそういって笑った。またジワリと涙が滲んだ。 今度は見られたかもしれない。そう思ったが、もうどうせ間に合わない。 次第にそんな細かい事、どうでもよくなっていった。 誤魔化すことにも、疲れ切っていた。
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