第2話 ゆれる朝

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「行ってきます」、と紀美子に声を掛け、優馬は 玄関を飛び出した。 9月下旬の日差しはまだ強く、目の奥が痛んだ。 静かな住宅地を抜け通学路まで走ったが、時間が遅いためか、もうほとんど生徒は歩いていない。 慌てて小走りで進むと、角を曲がったところでクラスメートの寺山草太の姿を見つけた。 草太とは小学校入学時からの友人だ。 小学校1年で同じクラスになってから気が合い、気が付くといつも一緒にいた。 たとえクラスが離れても、その関係は変わらなかった。 言葉にするのは気恥ずかしいが、優馬にとって草太は、本当の意味での親友なのだと感じていた。 草太の気さくな性格は、内気な優馬をいつも励まし、ほっとさせてくれた。 いじめられっ子ではなかったが、集団の輪に積極的に入って行けるようなタイプではなかった優馬が、それでも寂しい思いをしなかったのは、草太がいてくれたおかげだったように思う。 どんなことでも話せる関係……。 今でも忘れることはない。 8歳のあの日の事を、真正面から訊いてきてくれたのは草太だけだった。 「なあ、優馬は赤ん坊に何かしたのか? してないよな?」 “優馬が赤ん坊に、何かしたのかもしれない”  それはきっと、完成された文章として草太の耳に入ってきた言葉なのだろう。 どこから漏れたのか、直の死亡時の状況の事はいろんなところに広まっていた。 1週間、優馬が入院してしまったことで更に憶測が深まったのかもしれない。 たぶんクラスメートだけでなく、教員たちにもその噂は届いていたのだろう。 教師の優馬に対する態度は、優馬にしか分からない微妙な範囲で変化していた。 弟を亡くした可愛そうな兄、という憐れみではなく、弟に何らかの過失を犯してしまったかもしれない兄、というフィルターが、確かに掛かっていたように思えた。 大人も子供も、そんなことを優馬に直接訊いてくることはしなかった。 憶測で噂するほうが楽しいのかもしれない。 けれど草太だけは、ちゃんと目を見て訊いてきてくれたのだった。 「何もしていないよな」と。
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