第15話 温かな場所

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店が終わると会い、休日になると会い、会えない時間は電話した。まるで若い子のように。 その後経営に行き詰って共同経営者が突然姿を消し、借金だけ抱え丸坊主になった信夫を支えてくれたのも京子だった。 「うちに住む?」 そう言ってくれた時信夫は、プライドを捨てて泣いた。 「でも、酒癖と浪費癖は直すこと」と注意されたが、それを聞いた時も、なんだか家族になったような気がして、息子の草太の前で泣いた。 それ以来草太には、『泣き虫ノブさん』と何度かからかわれた。 草太という少年も、本当に母親想いで、曲がったところのないいい子だ。それがまた、信夫には嬉しかった。 これこそが家族という名の幸せだ。 帰る場所、そして守るべきものが、自分に出来た。 京子という女も、そして自分たちの関係を認め、同居を許してくれた草太という子供も。愛おしくてたまらない。一生守っていかなければと、信夫は強く思う。 「どうするのよ関谷さん、このアダプター。今から発注しなおしたら明日になるわよ?」 「でもそれはメーカーのミスで、僕のせいでは……」 「商品が納品されたら先ずチェックって基本でしょう? その前に電話しちゃうとか有りえないし。あなた幾つよ正社員さん。しっかりしてよね、私よりいいお給料もらってんだから。ほらお客さんに電話は? 取りに来ちゃったらどうすんの。皆まで言わせないでよね!」 胃の中が、気持ち悪い。 パートの中年女は信夫を一瞥すると、まだ何やらぼやきつつ奥へ引っ込んで行った。 顔の皮膚のたるみ具合から、自分よりかなり年上だろうと感じた。 京子と同じくらいだろうか。京子は間違ってもあんなに人を見下すような言い方はしない。 あの女の旦那は不幸だな。きっと子供もあの女に似て醜く、ろくでもないだろう。 信夫は鈍く痛む胃を押さえながら、パート女が置いていった発注伝票と商品を、汗ばんだ手で握った。             ***
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