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優馬は、久しぶりに訪ねた草太のマンションの部屋を見渡した。
半年くらい前に来た時よりも、きれいに片付いている気がした。
「母さんもノブさんも仕事だから、気にせず上がれよ。ラーメンでもつくるからさ」
「え、お昼はもう……」
「お腹、鳴ってたし」
悪戯っぽく草太が笑うと、もう何かを隠すのが馬鹿らしくなって、優馬も笑った。
きっと草太は、優馬がやってしまったことすべてを知っているのだと、そんな根拠のない感覚が体に満ちてくる。
大好きな紀美子の傍にいる時とはまた違う安寧が、草太の傍にはあった。
小さなころから、ずっと変わらない緩やかな安心感だ。
「今もずっとノブさんって呼んでるの?」
キッチンでゴソゴソと手鍋を探していた草太の横に来て、優馬は訊いた。
自分も何か手伝おうと、手を洗う。
「だってまだあの二人結婚してる訳じゃないし。まあ、そうなったとしてもお父さんって呼びにくいけどね」
「いつかは結婚するのかな」
「だろうね。あんまりそんな話はしてくれないし、俺も興味ないから訊かないし。でも今のままじゃノブさん、ヒモっぽくて嫌なんじゃない? 自分が二人を養うんだってノブさん言ってたし。母さんは笑ってたけど」
「信夫さんの優しさなのかな」
「プライドなのかもね。あの人なりに、ちゃんと家族になろうって頑張ってるみたいだし」
草太は手慣れた様子で鍋に分量の水を入れ火にかけた。ガスレンジの炎がボッと一瞬周囲を照らす。
表情を変えずに穏やかに家族の事を語る草太を、優馬はほんの少し眩しげに見つめた。
ある日突然入り込んできた男性と母との交際を認め、少し引いたところで見守っている草太がとても大人に見えた。
そして同時に思った。自分には絶対にできないと。
信夫とはもう3、4回くらい会っていた。
小学校の運動会、小・中学校の自由参観。学校行事にはよく姿を見かけたので、優馬も挨拶をした。
そのたびに「草太と仲良くしてくれてありがとう」と、優しげに挨拶を返してくれる。
この人が草太のお父さんになる人なんだな。優しい人だったらいいな。
そんな風に思ったが、なかなか実感は伴わなかった。
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