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「あ、それから10年後の自分に宛てた手紙の提出期限は明日だが、書けた人は早めに持ってきてください」
朝のホームルームが終わったあと、松宮が思い出したように言った。
優馬は他の数人と共に、封をした水色の封筒を教卓の上に置いた。
昨日の家庭訪問のことがまだしこりの様に心にこびり付いていて、優馬は松宮から逃げるように席へ戻った。
封筒のあて名には規定通り自分の名を書いたが、内容はどちらかといえば自分にではなく、母、紀美子へのメッセージに近かった。
ほんの数行の簡素な手紙。
これが自宅に届くとき、まだ紀美子は自分の傍に居るのだろうか。
そして成人した自分が存在するのだろうか。
どちらも実感がなく、想像するのも無意味に思えた。
重い気持ちを持て余しながら自分の席のほうに歩いていると、ドキリとするほど険しい目つきで松宮を睨んでいる草太が目に入った。
昨日マンションではしゃいでいた草太とはまた、別人の草太がそこにいた。
このところ草太は、こんなふうに松宮を睨みつけていることが多いように優馬は思う。
昨日は本当に何も考えずに遊びたい気分だったので、菜々美や担任の話はせずに過ごしたのだが、やはり草太は草太で何か悩みや不満を抱えているのだろう。
ふざけてばかりではなく、深い話を聞いてやれば良かったのかもしれない。
優馬はそんなことを思いながら、草太の頭にポンと触れてみる。
とたんに、棘を無くしたいつもの悪戯っぽい目が優馬を見上げてきて、ほっとした。
担任は号令のあとも、教壇で提出物をまとめていたが、教室内はすっかり休み時間のざわつきを取り戻していた。
けれど数秒後、その場は再び水を打ったような、緊張した静寂に包まれることになった。
「ねえ、菜々美。昨日どこに泊まったの? なんかヤバい仕事でも始めた?」
キンキンと響く高い声で菜々美に話しかけたのは、三井ゆかりだった。
意思表示がはっきりしているせいか、何をしても目立つ子で、ちょっと悪い言い方をすればクラスのボス的存在だった。
優馬には、三井ゆかりが菜々美と仲良くしているところを見た記憶がない。
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