第16話 追及のあと

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「なんで?」 菜々美は静かに座ったまま答えた。怒りも興奮も、その表情には伺えない。 「3年生の先輩が深夜に菜々美が誰か中年にピタッと寄り添ってるのを見たってさ。その先輩、菜々美にちょっと気があったみたいだから、ショックだったみたいよ。げー、あんなことしてるのかーって。ねえ、誰と一緒だったの? 泊まったの?」 声を抑え気味に出していたが、みんなが注目していることは三井ゆかりはちゃんと意識しているように見えた。 女の子のそういう計算は、優馬にもなんとなく分かる。 男子からは可愛いと人気のゆかりだが、優馬は苦手だった。 それにしても……。菜々美は、なんと返すのだろう。 三井ゆかりの発言はただの言いがかりだと思ってはいたが、その一方で菜々美の答えをじっと待っている自分も確かにいた。 「ああ、親戚のおじさんよ。あのあとタクシーでちゃんと帰ったから、ご心配なく」 「ふうん。親戚のおじさんとキスしちゃうんだ。ぎゅーって抱きよせてさ」 誰もが身じろぎもせず、けれど視線は泳がせて二人の会話に耳をそばだてている。松宮までもが動きを止めた。 「うんそうよ。ほっぺにね。ハグくらいで騒ぎ立てるお子ちゃまは、夜更かしせずに早くおねんねしたほうがいいよって、その先輩に伝えといてね、三井さん」 教室内は、何か見てはいけない争いを見た後のような、ぎこちない静けさに満たされた。 それぞれの雑談を意識的に始めるまで、30秒ほど間があっただろうか。 三井ゆかりはムッとして菜々美をにらみつけた後、自分の席にもどったが、菜々美のその視線は、なぜか教壇の松宮へまっすぐ向けられた。 その視線に気づいたのは優馬だけだったのかもしれない。 何とも説明できない無言のやり取りがあったように思えた。 少し挑戦的とも取れる視線を菜々美は担任教師に向け、そして松宮もまっすぐ包み込むような、何かを諦めたような表情を菜々美に向けたのだ。 その間にあるものが全く理解できない。 それは先ほど、松宮を睨んでいた草太の視線にも類似している。同じ寒々しさなのだ。 いったい、なんなのだろう。 優馬の記憶の箱からあの、菜々美の絵がふわりと浮きあがった。 思い出してはいけないと思うたびに、鮮明によみがえる映像だ。
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