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「先生。昨日の夜、どこにいたんですか?」
静かだが憤りに満ちた草太の声が、階段の一角に響く。
「ん? なんでだ」
「どこにいましたか? 答えてください」
「昨日はずっと自宅のマンションにいたよ」
「その前の夕方は? そのもっと前の土曜日の4時頃は?」
「いったい何の尋問だよ、寺山」
「何か、隠してることはないですか?」
「隠してることを、お前に言わなきゃならないのか?」
語尾が少し笑っている。
「先生は油絵を描くのが好きですか?」
あまりに単刀直入で優馬は息を呑んだ。
「絵は好きだけど、たぶん寺山とどっこいどっこいだ。恥ずかしながら美術の成績は昔からあまりよくなくってさ。……なあ、それって重要なことか?
もう1時間目の授業が始まるから先生、行くぞ。話があるならもう少し余裕のある時にしてくれ」
軽くあしらうように笑い、松宮は階段を降りて職員室のほうへ行ってしまった。
「草太……」
優馬が話しかけると、草太は無表情のまま階段を昇ってきた。
「あの絵を描いたのは、先生だと思う」
「まさか」
思わず笑ったが、力は入らなかった。草太がそう言い出すのではないかと、わずかな予感が優馬にはあった。
根拠がどこにあるのかはまるで分からなかったが、自分たちのシナリオがそんな風に進んで行っているような、漠然とした嫌な予感だ。
さっきの3人の視線を見てしまったせいかもしれない。
「あのモーテルから出てくる松宮を、5日前に見たんだ。鳥を……いや、あの絵を見つけた前の日。土曜日の夕方」
「先生が? ……でも、それだけで?」
「充分だろ」
「あり得ないよ担任が。仮にもしそうだとして、なんであんなモーテルに絵を置いて帰るんだよ。全然推理になっていない」
「だから本人に訊こうとしたんじゃないか。この数日、菜々美と松宮をずっと見てた。菜々美はいつも松宮を意識してじっと見てるし、松宮は困ったように目を逸らすし」
「勘ぐって見るからそう見えちゃうんだ。菜々美が松宮にとか……ありえない」
否定的な言葉をつづけるしかなかった。
自分が納得してしまえば、それが事実として決まってしまうようで、優馬は怖かった。
菜々美と松宮。その構図はとてつもなく汚らわしく、到底許せるものではなかった。
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