第2話 ゆれる朝

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優馬はそれが心底うれしかったことを覚えている。 だから、何もしていないという「嘘」はつかなかった。 「思い出せないんだ。思い出そうとすると気分が悪くなって、頭が痛くなって、思い出せない」 そう正直に答えた。 草太は「そうか。じゃあ、無理に思い出すことないよ。どうせ優馬は何も悪いことしてないんだから」と笑った。 味方がひとり出来た。 それがどんなに嬉しかったか、優馬はまだ草太にちゃんと伝えられていない。 優馬にとって草太は本当に特別で、大切な友人だった。 ほんの20メートル先を歩いていたのは、その寺山草太だ。彼もまた寝過ごしてこんな時間になったのだろうか。 おはようと声を掛けようとしたその時。 草太は奇妙なことに、通学路の端っこの電柱の陰に走りこんで隠れた。 そしてそこからじっとある一点を見つめているのだ。 その視線の先には、やはり同じクラスの元村菜々美(もとむら ななみ)がいた。 彼女もまた小学校1年の時からの数少ない友人の一人であり今も同じクラスだったのだが、中学生になると同時に、どことなく今までとは違う雰囲気をまとい始め、優馬を戸惑わせていた。 余裕のない時間だというのに、菜々美は道端のフェンスに寄りかかり携帯電話を触っている。 柔らかな風が、ぎりぎりまで短くした菜々美のスカートをふわりと捲って通り過ぎた。 トンと心臓がはねた。 白くて柔らかそうな太ももが露わになり、慌てて優馬は目を逸らす。 隠れて菜々美を見ていた草太もそっと目を逸らし、その視線は宙をさまよった後、優馬とぶつかった。 「あ! 優馬おはよう」 草太は屈託のない大声で、優馬に笑いかけてきた。 その声に優馬のほうが慌てた。菜々美をこっそり覗き見ていたと思ったのは勘違いだったのだろうか。 優馬は動揺を悟られないように「おはよう」と笑い返した。 「珍しいな優馬。優等生が寝坊?」 「草太こそ」 「俺はいいんだ。いつもの事だから」 「よくないよ」 笑いながら前を見ると、菜々美はもうはるか先を歩いている。 自分たちに気が付いたのか、そうでないのかも優馬には分からなかった。 丈の短いスカートから延びるまっすぐな足が、別の生き物のように柔らかく動く。女の子なんだと、最近優馬は強く思う。 いつも他愛のない会話を3人でしていた頃が、遠い昔に感じられた。
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