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「あの絵、見たの?」
校門を出て10分経った頃、さりげなく距離を縮めてきた菜々美が優馬に言った。
路地の横は閉鎖された食品工場の建物がそのまま放置され、伸び放題の雑草をかろうじてフェンスが押しとどめている、鬱蒼とした場所だった。
その問いに優馬は答える事ができなかったが、必然的にそれは無言のYESになった。
「そっかぁ……。あの絵今、どこにあるのかな。どっちみち残しておいていい絵じゃないから処分するってあの人は言ってたけど。簡単に他人に見られる所に置かれたんじゃ、ちょっと困るな。あとで叱っておかなきゃ」
菜々美は何でもないことの様にフフッと笑ったが、優馬は何も答えなかった。
菜々美が質問の答えを待っているようには思えなかったからだ。
絵の場所はなんとなく想像がついているのではないだろうか、とも感じた。
絵を描いた相手が誰なのか訊きたい気持ちはもちろんあったが、本人に直接訊く勇気がまるで湧いてこなかった。
そんな質問もできないほどこの瞬間、菜々美との距離を感じたのだ。
自分の胃や心臓はこの話題によって捩れそうに苦しいのに、なぜこの幼馴染は、こんなにも他人事みたいな声でしゃべれるのだろう。
自分が知っていた菜々美は、実は本当の菜々美ではなかったのか。それとも、ここにいる菜々美はどこか壊れてしまったあとの菜々美なのだろうか。
優馬は菜々美と歩幅を合わせることに集中し、呼吸を落ち着かせようとした。
「ねえ優馬。私のハダカ、きれいだった?」
心臓がドクンと跳ね、思わず優馬は菜々美を振り返った。
黒い大きな瞳がまっすぐ優馬を見つめ返す。 その唇が、かすかに笑っている。
「まだまだ子供の体だったでしょ。あれ1年前なの。ランドセル背負ってた頃よ。今だったらもう少しウエストも細いし、胸だってほんの少しは膨らんでるのに」
「菜々美!」
体中から汗が噴き出す思いがして、優馬は思わず名を呼んだ。やめてほしかった。
ただ苦痛しか感じられなかった。聞きたくなかった。
自分はそうやって責められているのだろうか。罰を受けているのだろうか。
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