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「優馬、月の話をしたでしょ。月のうさぎになりたいって。あれね、わたし結構ドキドキしてたの。
草太がエロいって言ってたけど、私もそう思っちゃった。ほんと、ドキドキしたのよ。それでさ、温かくて訳分からなくなって、泣きそうになった。すごくばかげてて、非現実的なお伽噺なのに、なんか優馬なら本当にやりそうって思っちゃった。
他人のために、体を差し出すの。食べてくださいって言うの。
あの時ね、優馬に全部打ち明けちゃおうって思ったの。優馬なら、わかってくれるかな、居場所になってくれないまでも、理解してくれるかな、って。
でも、勘違いだったね。やっぱり汚らしいって思われただけなんだよね。分かってくれる人なんて、やっぱりどこにも……っ…」
衝動を止められなかった。愛おしさと悲しさがあふれ出して。
優馬は体ごとぶつかるように正面から菜々美を抱きしめ、そのまま、すぐ横のフェンスに倒れこんだ。
声も出せずに一瞬強く強張った菜々美の体をさらにぎゅっと抱きしめる。
肋骨がしなる感触と、肺から押し出される吐息が感じられ、体の芯が熱くなる。
自分の頬に触れた菜々美の頬が、信じられないほど柔らかくてめまいがした。
自分がいま、何をしているのか全く理解できずにいた。
菜々美を愛せる人間は、ほかにもいる。大切にしたいと思う気持ちは、きっとその男よりも強い! そう思ったとたん、制御できなくなった。
フェンスがぎしりと冷たくきしみ、そしてそれに呼応して鼓動が激しく打つ。
”違う、こんな事じゃない!”
のどの奥から慟哭と罪悪感がせりあがって来るのに、抱きしめた柔らかなその体が愛おしくて、離せなくて、声を上げて泣きたくなった。
「やめて…」
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