第18話 異端

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いつも躊躇して訊くことができなかったその質問がさらりと口をついて出てきた事に、松宮自身が驚いた。 すっかり細くなってしまった忠彦の二の腕を見て、もう時間があまりないと感じたからだろうか。 それとも詮索することに疲れたのか。自分の感情なのによくわからなかった。 「ああ、菜々美ね」 忠彦は部屋の隅のソファにゆったりと沈み込むと、松宮が煎れてやったコーヒーのカップを、愛おしそうに両手で包み込んだ。 「あの子はいいね。本当に素晴らしい子だ。どんな女もあんなに妖艶じゃない。そして、あんなに清らかでもない。僕の中であの13歳は永遠のものになるんだよ。すごいと思わないか?」 うっとりするような声で、忠彦は言った。 「抱いたんですね、あの子を」 「いいや。そんなことはしない」 「…本当に?」 「心配か?」 「当たり前です。僕の生徒ですから」 「じゃあ、なぜ父さんとの関係をやめさせない? あの絵をこの部屋で見つけたときも、お前の反応は激怒というより、困惑だったよね」 「あきれて言葉も出なかったんです」 「殴り倒される覚悟はできていたんだけどな。まあ……そんなふうに激高したお前を想像はできないけどね。常に平常心、いや何に対しても無関心だから」 穏やかな懐かしい思い出話を語る様に、忠彦は静かな口調でつづけた。 「しかしあの時はこっちがびっくりしたよ。まさか菜々美の中学の担任がお前だったなんて。神の制裁かな、なんて柄にもなく思ったが。意外に神は寛容だったな」 この部屋で松宮があの絵を見つけたのは1か月前だった。 体に戦慄が走り、こんなものを残すと大変なことになると、絵を取り上げたのも松宮だった。 扱いに困り納戸に押し込んでいたのだが、長年放置したままの、松宮家のお荷物である「蒼月」に移しておこうと思い立ったのは1週間前だった。 すぐに処分しなかったのは、その絵から匂い立つ菜々美の生命としての美しさに松宮自身打ちのめされてしまったのだと、今では冷静に分析できる。 目を背けられない求愛の視線が、松宮を日々苦しめた。
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