第19話 秘め事

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『一生懸命なのよ。ノブ君』 母親の京子は、いつも草太にそう言う。それは草太にもよくわかっていた。 家族になりたいのだ、この人は。 受け入れてあげなければならないと、いつも思っていた。 何より母のために。 テレビ画面では芸をする犬が可愛い姿を一生懸命アピールしている。 ハンバーグの焼ける匂いが、リビングに柔らかく広がった。 「昔、犬を飼っててさあ」 ガスを止め、ハンバーグを皿によそいながら、信夫が言った。 「白くて、モコモコしてて、すごく可愛かったんだ」 「ふうん」 「でも、なぜだか、僕にだけ懐かなくてさ。いじめたわけでもないのに。なんでなのかな。僕にだけ吠えるんだ。悲しかったなあ」 「へぇ」 ずっとマンション住まいで、犬など飼ったことのない草太には、犬の性格や習性はよくわからない。 そんなものなのだろう、と思っただけだった。 炊飯器から炊き上がりを知らせる電子音が鳴り、かちゃかちゃと茶碗を取り出す音がする。 草太はテレビの中の小型犬たちを、ボンヤリ眺めていた。 炊き上がりのごはんの匂いがする。草太の好きな匂いだ。 たぶん味噌汁はインスタント。けれどけっこう美味い。 サラダはいつものレタスとプチトマトだろう。トマトは嫌いだったが、今さら言えなくて、頑張って食べている。 「でもね、すぐに死んでしまったよ」 「え?」 何の話だったろうと、草太はキッチンを振り返った。 「犬だよ。飼ってた白い犬。まだ若かったのに。かわいそうに」 「ああ、そっか。へえ。病気だったのかもね」 「誰かに蹴り殺されたみたいでね。見つけた時にはもう、庭でぐったりしてた。とてもショックだったよ。それ以来、犬を飼うのをやめたんだ」 「そう……だね。また、死なれるとかわいそうだもんね」 食器やコップの触れ合う音がする。 「って言うか、どうせまた、僕には懐かないしね」 「……そうなのかな」 しっくりこない会話だったが、食事の準備ができたので、なんとなくその話は打ち切りになった。 しばらく食事をしながら二人で黙ってテレビを見ていたのだが、コマーシャルに入ったところで、信夫がのんびり口調で切り出した。 「きのう連れて来た子、木戸優馬くん……だったよね」 慌てたつもりは無かったのに、箸の隙間からプチトマトが滑りぬけ、床に転がった。
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