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「うん」
ちょっと床を覗いてみたが、もうどこにも見えない。
「あの子は、可愛らしい子だよね」
「何言ってんの。男だよ」
食べたものが、胃からせりあがってきそうだった。
反論したのは変だったろうか。
そうだろ? って笑ったほうが自然なのだろうか。
呼吸を平常に保つことに、草太は集中した。
「草太の一番の仲良しなのかな。家に来るっていうのは」
「幼稚園から一緒だし、家も近いし。たまたま今も、クラスが一緒だから。……なんで?」
「そっか。仲がいいんだね」
この人は、さっきまでの自分の頭の中を覗き見したのだろうか。
そんなことを真剣に思ってしまうほど、信夫の自分を見つめてくる表情は意味深だった。
草太の反応を確かめているようにも、憐れんでいるようにも見える。
そもそも、急に優馬の話を始めるには不自然なタイミングだった。
友達なら、他にも数人連れてきたことはあったはず。
自分はなにか昨日、特別な言動をしただろうか。
いや、そんなことがあるはずはない。きっと自分の被害妄想に違いない。
草太の鼓動は意に反して更に打つ速さを増した。
「ご両親は?」
信夫の質問は、静かに続いた。
「……お母さんと二人暮らしだけど。なんで?」
「そうか。それは寂しいね。良かったらまた、うちに連れてくるといい。一緒に夕ご飯でも食べようよ」
「……うん」
草太は半分残ったハンバーグを、無理やり口の中に押し込んだ。
子供の友達とも、仲良くしたい。そういうことなのだろう。
けれど、なんとなくぞわぞわとした落ち着かなさを感じ、草太は今度は、目の前の食事をかたづけることに必死になった。
優馬の話題が出るだけで、こんなに取り乱してしまう自分が情けなく、そして悲しかった。
テレビでは、また別の犬のコーナーが始まった。
信夫は目を細めながら、その綿毛のような真っ白い小型犬を見つめている。
「ああ。あんな小さいのなら、懐くよね。可愛いな……。いつか飼おうか。犬」
信夫の言葉など、もうちゃんと聞く余裕もなく、草太は 「そうだね」 と、ただうわの空で頷いた。
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