スターバックスカード

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スターバックスカード

作家として全く売れなかったころ、彼女がスターバックスカードをプレゼントしてくれた。コーヒー1杯を買うのも贅沢だったが、何故かスタバだと筆が進むのを知っていたのだ。人を癒やす小説を書きたい、と意気込んでいたものの、連載も無く賞も取れず落ち込んでいた頃だ。自分でも、少し追いつめられていたと思う。 「心が疲れたときは、1杯だけコーヒーを飲んでね。  自分を癒やした後、他の人を癒してあげて。」 カードと共に贈られた、彼女の言葉を思い出す。 今は、もういない。 事故だった。 そのカードが彼女の形見となってしまった。 ショックで暫くは何も手に付かなかった。しかし、その悲しみを乗り越えた事で僕の文章が変わったのだろう。徐々に世間に認められ、作家として生活できるようになってきた。執筆場所は相変わらずスターバックスだ。 スターバックスのカードはデポジット方式になっている。彼女が最初に入金してくれた分を使いきった後も、自分で入金して使っている。このカードで飲むコーヒーは彼女との思い出。それが僕の支え。 多少人気が出て執筆の場も増えてきたある日、カードが見つからないことに気づいた。仕事が立て込んでいた時期で、どこかに紛れてしまったようだ。だが、締め切りが重なっており、探そうにも身動きがとれない日々が続いた。 ふと思いたち、仕事の合い間にカードのアカウント画面を見てみた。スターバックスのカードはアカウントと結びついており、ネット経由で入金することができる。また、利用履歴画面を見れば、いつ、どの店舗でいくら使ったのかを確認することもできる。画面には、僕の記憶に無い履歴が3件記されていた。家の外で落としたか置き忘れたものを誰かが拾って使っているらしい。他人のカードを拾って、それを使うとはどういう神経だろうか。利用停止処理もできるが、使えなくなったらカードを捨てられてしまうかもしれない。 警察に相談すれば対応してくれるだろうか? だが、こちらの動きを察知されて、カードを捨てられてしまっては困る。そいつには証拠隠滅に過ぎないだろうが、僕にとっては大切なカードなのだ。やむを得ず少額を入金した。盗人に追い銭を与えているようで腹が立つが、カードがある事が何より重要だ。
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