スターバックスカード

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その時は原稿に追われ、それ以上の事はできなかった。ともかく使えるうちは捨てないだろうとの予測で、その後も入金だけはちょくちょくしていた。 暫くして落ち着いた頃、改めて利用履歴を確認した。高額の支払いは無く、単品と思われる価格帯が殆どだ。使われている店舗はバラバラだが、ほぼ都内に集中している。遠方じゃないので犯人と出会う可能性はあるが、的がしぼれない。足取りを誤魔化すために様々な店を利用しているのだろうか。特定の店舗で定期的に使っているのなら張り込む事もできるのだが。 その頃の僕は意地になっていたのだと思う。いったいどんな奴が僕のカードを使っているのか、自分で確かめたかったのだ。一方で取り戻すのは無理だろうという諦めもあった。ただ、利用履歴が更新されるのを見る度に、どこかにカードが存在しているんだと安心することができた。皮肉な事だが、それは彼女のかすかな温もりがこの世に残っていると感じる瞬間でもあった。 そして僕は今日もスターバックスで原稿を書いている。ブラウザを立ち上げ、カードの利用履歴画面を画面の隅に表示しているのは習慣だ。調子よくキーボードを叩いていたが2時間も集中していると流石に手が止まる。冷めてしまったドリップコーヒーをすすり、なんとはなしに利用履歴画面を更新した。 新しい情報が表示され、その意味を把握するのに数秒を要した。たった今、この店で使われた434円。 画面を凝視している僕の耳に、バリスタの声が響く。 「ショートキャラメルマキアート、エクストラホイップお待たせしました」 一瞬の暗算。 金額は一致する。 カウンターを見る。ドリンクを受け取っているのは若い女性だ。小奇麗な格好で、金に困っているようには見えない。僕の想像とは異なる人物像だ。だが、どんな人物を想像していたのだろうか。誰であっても違和感を感じる気がする。 そんな事を考えている場合ではない。 その女性は、カップを受け取り店を出ようとしている。慌てて追いかけ、店先数歩の所で背中に声をかける。 「すいません、あなた今カードを使って買いましたよね!」 「え?」 振り向いた女性は、きょとんとした顔をしていた。
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