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入ってきた男に私は声をかけた。
「こんばんは」
私の声に、声の主は一瞬驚いたように身体を震わせた。
そして、すぐに薄暗闇でもわかる程に口角を上げていく。不快な笑みだ。
「こんな時間に何をしてるんだ?」
声の主が教室へ一歩、また一歩と入ってくる。
男の足取りは慎重で、警戒されている。
窓から入る月明かりに照らされる、その顔はやや日本人離れした高い鼻に、薄めな印象の面表が見える。
前で分けた髪の下にシャープな眉と人なつっこいく、細い目元が見えた。
いわゆる、可愛い系とでも呼ばれるのだろうか? 年齢よりは若く見えるその顔立ちの『先生』は、先生らしい表情を作る。
それが、この薄墨色の世界に、ひどく似つかわしくない日常の笑み。
「深夜の見回りですか?」
私の質問に、先生は一瞬目を細める。
「そんなわけないですよね」
私の言葉に先生は、あぁ。と息をついて視線を落とす。
私の言うことを理解した、といった風情だ。
先生は教卓の方へ歩いていく。
「君は特別だ。私の8年の教師生活の中でも群を抜いてね」
「‥……?」
「容姿も美しい。そして頭も良い。それに知ってるいるよ。君の家柄も、ね。……君には気をつけていたはず、どこで気づいた?」
先生は頭を下に向け、手が教卓の縁をなぞる。
「いや、違うな。君が気づいたんじゃない。痕跡は全て消していた」
「先生、いつからですか?」
私は先生の独り言を遮る。だが、男は質問には答えず、逆に問う。
「目覚めたのはつい最近さ……あれは…」
「違います」
私の否定の声に、先生の視線が改めてこちらを向く。やや驚いたような顔だ。
「人を殺したのは」
「ふ‥……」
先生は軽く息を吐いて。
「あははははっ」
途端笑いだした。
「まだ4人もいってないのに。もうバレていたとはね」
まだ微かに笑いながら、先生は額に手をやった。
「あぁ、これがこの街の仕組みってことか」
声にやや、殺気が籠る。
手をどけた先生の両目の黒目の部分が僅かに深い茶色に光る。
光の反射ではない。瞳が緩く輝いているのだ。
「やはり《魔術師》」
私が喋るより早く、先生の右肩の辺りから半透明で、人の身体くらいは有りそうな太い腕が生え。それが一気に平手打ち気味に迫ってきた。
不意をついた攻撃に先生の口許が緩んでいる。
おそらく先生は自分の攻撃が非力な女子高生を捉えたと思ったはず。しかし。
「…何っ!」
一拍遅れて、驚愕した表情で先生は吠えた。
腕は私に届くことなく1メートルは手前で止まる。
「残念ですね」
強風が吹いているように、私の周りの机が、私を中心に周囲へ吹き飛び。
半透明な腕は何か見えない壁を必死で押すように震えながら止まっている。
まるで運転している車の窓から手を出した時のようだ。
それを私は視線の端で見据える。
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