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リーゼロッテは苛立ちを覚えつつも、先ほどの一件を思い出す。
ヴァンは紙切れを投げ、風系魔術を発動させた。そしてマナを吸った草を切り裂いた。
そんな事象はあり得ない。何故なら、魔術を発動させるには詠唱が必要だから。
魔術はマナを消費することで発動する。そのマナは、自然界に存在するありとあらゆる物質――森羅万象(オムニア)から抽出する。たとえば、土からは地のマナを、大気からは風や水のマナをそれぞれ取り出すことが可能だ。
では、どのようにしてマナを抽出するのか?
その手段こそ、詠唱である。魔術師は森羅万象に語りかけ、マナを引き出す。詠唱とはつまり、「ごめん、森羅万象。魔術使いたいからマナ貸してくんない?」というお願いの呪文である。
と、ここで一つ疑問が生じる。どうしてヴァンは無詠唱で魔術を発動させられたのか。
森羅万象に無断でマナを借りるなど可能なのだろうか。少なくとも、リーゼロッテはそのような前例を聞いたことがない。
(変態でクズ野郎だけど……魔術師としては一流なのかも)
リーゼロッテはヴァンのことを密かに『すごいヤツ』認定していた。
「ねぇ。あなた、名前は?」
歩きながら、リーゼロッテは問う。
「ヴァントネール=クロウリー。親しみを込めてヴァン様って呼んでくれてもいいよ?」
「ヴァントネール……ク、クロウリィィー!?」
リーゼロッテは口をあんぐりと開け、目をぱちぱちと瞬かせた。驚愕のあまりアホ面になっている。美しい顔が台無しだ。
「あなたの家系、クロウリーなの!? 最高の魔術師の一族と言われている、あの有名なクロウリー家!?」
「そうだよん。俺様、クロウリー家のお坊ちゃんです」
ヴァンは軽い調子で言っているが、クロウリー家は魔術師の名門。先祖はやれ一人で百の艦隊を沈めただの、やれ神を召喚できただの、嘘か真か数多くの伝説が残されている。
今はもうさほど権力はなく、以前と比べて衰退した家系ではある。しかし、それでも魔術師ならクロウリーの名を知らぬ者はいないだろう。
リーゼロッテは、密かにヴァンの認識を『なんかめっちゃすごいヤツ』に格上げしていた。
(そうか……クロウリー家の魔術師なら、何か不思議な魔術が使えるのかもしれないわ)
リーゼロッテがヴァンに尊敬のまなざしを送っていると、彼は首を傾げた。
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