第五章 紛れ込んだ宝石<ファリダット>

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 ここは真夜中の寮の一室。  静かな呼吸音と、紙をめくる音だけが室内に響く。 「ヴァン……ヴァントネール=クロウリー……」  誰かの声がした。二人部屋なのだが、もう一人はすでに寝ているようだ。  ベッドの上に寝転がっている声の主。資料を読みながら、今日の出来事を思い出す。  今日は写真の男……ヴァントネール=クロウリーと接触した。あのやる気のなさそうな男が、異端魔術師だと言うのだから驚きだ。  クラス代表決定戦で、ヴァンは呪術を使った。この情報はまず間違いないだろう。  声の主は、先日、ヴァンが魔術とは異なる奇妙な術を発動させたという目撃情報を得ていた。なんでも、術を発動させた直後、対戦者のアリアという魔術師が突然笑い転げたらしい。  呪術の専門家でなくても、禁忌の術を知る者ならば、おおよその見当はつく。感染呪術か、あるいは類感呪術だろう。藁人形、もしくは相手の身につけている物にオドを注入し、感覚共有を活かしたくすぐり攻撃と言ったところか。  ヴァンの調査資料から目を離したそいつは、 「ははっ」  笑い声を上げ、別の資料に目を通す。  調査対象――エノク=ディー。  女性。年齢は不詳だが、推定三十代。魔術研究者であり、その他の秘術にも興味を持つマッドサイエンティスト。  呪術に興味を持った彼女は、自らの目玉をくり抜き、呪術の発動に必要な装置を眼窩に埋め込んだ。並々ならぬ研究心、そして狂気を持ち合わせた彼女に、知人はほとんどいない。肉親もすでに死んでいる。彼女は孤独な研究者のようだ。
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