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半年前のやり取りを思い出し、ヴァンは盛大に嘆息する。
「はぁ……魔術の勉強なんか必要ないんだよ。俺は主夫になりたいのに」
ヴァンは働きたくないと常々思っている。いや、より正確に言えば『魔術師』として働きたくないのだ。
ヴァンは別に魔術師になりたいわけじゃない。家で料理したり、掃除や洗濯をしていることのほうが好きだったりする。ヴァンが魔術学園への進学を嫌がり、主夫を希望したのは、そういう気持ちがあったからだ。
国家間の争いにおいて、魔術師は貴重な『駒』である。もちろん、剣や弓矢の技術も重要でないわけではない。だが、戦争の行く末を決定づけるのは、いつだって優秀な魔術師の存在だ。
この国は比較的平和ではあるが、いつ戦争に巻き込まれてもおかしくない。先日もこことは別の大陸で、隣国同士でやり合った。
そんな時代だからこそ、魔術師は国から優遇されるのだ。将官クラスになれば莫大な金が手に入るし、下級の魔術師でも生活に困ることはない。安定した未来が待っている。魔術の資質がある息子を魔術師にしたいと思う母親の気持ちもわからなくもない。
「ったく、自分の道は自分で決めるっつーの」
ヴァンは独り言ち、林を進む。
ヴァンの両隣には、樹木が身を寄せ合うように並ぶ風景が続いている。分かれ道に出くわしたのも二回だけ。どれだけ歩いても、視界はほとんど変わらなかった。学園に近づいている手応えはまるでない。
ヴァンが「このままバックれちゃおうかな……」と考えた、そのときだった。
「きゃああああああ!」
若い女性の、絹を裂くような悲鳴が近くから聞こえた。
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