第一章 やる気なし魔術師の入学初日

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「おう。同級生だし、これからもよろしくな、リーゼ。それじゃ」  ヴァンが三度帰ろうとしたとき、とうとう彼女がキレた。 「馴れ馴れしく愛称で呼んでんじゃないわよ……!」  瞬間、周囲の風が慌ただしく吹き荒び、大地が微かに震えた。 「『鳴けよ風――』」  リーゼロッテが魔術詠唱を始めた。  魔術を発動させるために必要なマナが、リーゼロッテの周囲に集まっている。  しかし、マナの動きは不規則だった。どこか一点に集まるわけでもなく、彼女の周りを彷徨うように浮かんでいる。  魔術師なら一目でわかる。リーゼロッテは、明らかにマナを制御できていない。 「……マナの動きがおかしい。リーゼは魔術が苦手なのか」  この瞬間、ヴァンはリーゼロッテがこの状況に至った経緯を理解した。  おそらく、リーゼロッテは魔術があまり得意ではない。彼女が呼び寄せたマナの動きを見れば一目瞭然だ。大方、人や障害物のないこの場所で、魔術の練習をしていたのだろう。  しかし、リーゼロッテは練習中に魔術詠唱に失敗した。草は制御できなかったマナを過剰に吸ったことで急成長し、その草にリーゼロッテは絡め取られたのだ。  そして今、彼女は魔術を発動させようとしている。自力で草を切るためか、もしくは怒りに任せてヴァンに攻撃するために。 「『光の加護を以て――』」 「な……風と光のマナの複合魔術!?」  ヴァンは端正な顔を驚愕に染める。  魔術とは、自然界にあるマナを消費して撃つ神秘の力。たとえば、風のマナを消費すれば、風の魔術が発動する。このように、一種類のマナで撃つ魔術を単体魔術という。  対して、二種類以上のマナを組み合わせて発動させる魔術は、複合魔術と呼ばれている。当然ではあるが、単体魔術よりもマナを複雑に組み合わせる複合魔術のほうが難易度は高い。  そんな高度な魔術を、苦手なリーゼロッテが発動させればどうなるか……。 「『万物を焦がせ――ライトニング!』」  刹那、疾風が駆ける。しかし、風は無軌道に荒れ狂い、とてもじゃないが制御できているとは思えない。  次いで、依然高所にいるリーゼロッテの真下に光が収束し、そこを突き抜けるように風が疾駆する。光と風が融合し、数本の光の矢が飛び交った――が、やはりコントロールできていないのか、光の矢はぐちゃぐちゃな軌道で宙を飛び回る。
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