第1章

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「熟成中」と掲げられた看板の下に蒼白い光りに照らされた肉の塊がごろごろしている。それはボクが毎日良く通る道中のステーキハウスで、つい昨年くらいに突然できて、何だかよく分らないうちに繁盛していて今も行列が並んでいる。 「どしたん、メシ、まだだったか?」 「あ、いや違うけど、沢山並んでるなと思って」  へえ、そうか。と気にした風でもない彼の引越しの大荷物をかつぎなおして、ボクはすたすたと歩いて行ってしまうその背中を追う。いかにもスポーツマンという風体で歩幅も広く、声も低い彼がステーキハウスに興味を示さないとは思わなかった。 「まーそりゃ、今はオレも腹へってないからなあ、うまそうだけど」 「あ、やっぱ好きなんだ」 「やっぱりってなんだよ、も一個、持ってもらうぞ」  眼光が鋭く怖い。地元にいた時はこんなに背も高くなかったように思うけど、少なくとも久しぶりの再会で騙されたと思ってしまったほどには、彼は昔と違っていた。けれどその強引な性格は顔を合わせると昔のままだということが分かって、断れないまま、ボクはダンボールを一抱えして歩いている。  行列を尻目に朝でも薄暗い路地の入り口をいくつか過ぎて、塀で高く守られた幼稚園の角を曲がる。  こんな街中からちょっと外れただけのアパートに居を構えられるなんて羨ましいと思った。築数年のピカピカの最新設備だし、何で空きができたのか分らかないくらいだ。 「新しけりゃいいってもんでもないだろ」と、彼は玄関の扉を足で勢いよく開けて、段ボールをどすんと床に置いた。 「でも、お肉と違って熟成した部屋になんて誰も住みたがらないよ」 「ふん……アホか」  そのままボクから荷物を奪うように奥へと持っていってしまう。広い窓から外の明かりが差し込んでいる。その白い光は隅々まで陰なくいきとどいて、まるで洗い立ての食器を見ているみたいだった。 「とりあえず、あと一往復で終わりそうだな。車もずっと止めてられないし」「おばさんには感謝しないとね」 「まさかついてくるなんて思わなかったけどな、自家用車で」  そんな風に、しばらくぶりの雑談のかたわらに最後の荷物を運び終わると、彼のお母さんに随分感謝されてしまって、これからもよろしくとか、バイト代すくないけどとか(それは二人して全力で断ったけど)、そんな風にあいさつもそこそこに仕事のせいで帰っていく姿を見送る。
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