慶長二十年(1615年)五月六日 大坂

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「うん、拝んでいるけど・・・。」 そう答えた八雲は、傍らに置いて有る仏典を手にとって答えた。 八雲は、そもそも仏門に帰依していたが、長男の掃部冬可様が小田原攻で病に伏されて、当主の座に就いたのである・・・。 まあ、出家中は中々の勉強家であり知識も豊富ではあった・・・と、あたしは聞いている。 「姫夜叉、そう若を苛めるな。」 陣小屋の入口から岡田朔之助が入って来て、そう言った。 朔之助は居合いの達人で、かつて上泉武蔵守の付き人をしていたという触れ込みで先代の時に仕官してきた男である。 「で、どうじゃ?」 ザイツヴァルトが、朔之助に聞いた。 「後ほど戦評定が行われるそうだが、出戦に固まりかけておる・・・。」 どっと、腰を降ろして目の前の鉄瓶から杯に酒を流し込みながら朔之助は言った。 「しかし、又兵衛殿、長門守殿、隼人正殿・・・も既に無く、土佐守殿の軍勢も本日の戦で大分損害を出しており、明日の出戦は辞退との噂じゃが・・・。」 ザイツヴァルトはそう言うと、じろりと陣屋の入り口の方を見た・・・。 そこには、どこぞの家中か・・・あたしと同い年くらいの艶っぽく・・・落ち着いた感じの女官が、屈強な武士を従えて立っていた。
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