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私、詩翠春子は演劇部に所属する普通の女子高生だ。
いまどき珍しいぱっつんの前髪に三つ編みを合わせ、大きなメガネを掛けた、いわゆるダサい女の子だ。友達も少なければ、目立ちもしない。良くも悪くも地味で普通の女の子だ。
演劇部では小説好きが功を奏し、脚本を担当する事になっていた。先輩からは有難いことにお褒め頂けることが多く、充実していた。
そんなある日…文化祭舞台発表の二日前だった。
「えぇ~!?風邪…っていうかインフルエンザ!?こんな時期に!?」
部長の悲痛な叫びが部室に響く。何事か、と部員が騒めきながら部長の近くに寄ってくるのを部長は、しっし、と手を振って「こっちに来るな」と口パクで訴えた後に、電話に向き直る。
「えぇ…あ、うん…。そっか、いいよ全然、大丈夫。そっちこそ無理しちゃダメよ、じゃあね」
鉛でも吐き出すような重い溜息をつきながら、通話終了ボタンを押した部長は、聞こえていただろうけど、と前置きをして、今回文化祭の舞台で主役の先輩がインフルエンザになったと告げた。
「という事で代役探ししなきゃ何だけど…どうしよう」
悩ましそうな顔で部長は辺りを見渡す。不思議と男女問わず背の高い面々が揃うこの演劇部で、154cmの主役の先輩は役者の中では一番小柄だったからだ。
「どうしようかな、役者で小さい女の子いないし、大道具は男ばっかだし、あとは…」
その瞬間、私と部長の目がバッチリ合った。部長の口元がニタァと歪むと同時に、ツカツカとこちらに向かってきた。嫌な予感がする。
「ねぇ詩翠さん、あなたにお願いしてもいいかしら?153cmの貴方なら行けるでしょう?」
逃げようと後ずさった私の肩をしっかり掴んだまま変な笑顔を崩さない。まずい。
「あ、あの部長、私舞台立ったことほとんど無いんですけ…ど…」
「大丈夫よ!」
爛々と光る目があまりにも怖すぎる。今すぐどこかへ逃げ出したい。
「あと私、セリフとか、あと二日しかないですし」
口下手なりに努力しつつ、脱出の糸口を探す。
「詩翠さん脚本でしょう?」
「いやそれでも限界が…」
「そういえばいつも台本の指摘する時、何ページ目の何行目、何というセリフがって細かいところまで丸暗記してるじゃない」
ダメだった。一切勝てなかった。こうして私は初舞台で主役というトンデモ体験をすることになったのだ。
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