バレンタインの夜に

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夜景の見える高台のレストランで食事をしたがるカップルがこんなに多いとは思わなかった。 自分に恋人がいたことがないから、世の中の恋人たちのデート事情に疎いのも仕方ない。 バレンタインデーだから混むとは予想していたが、この殺人的な忙しさにはめまいがした。 祝日じゃないから時給はいつも通りだなんて割に合わない。 でも、おかげで七瀬が今ごろ誰と何をしているかなんてことは想像しなくて済んだ。 七瀬ももうすぐ高三だ。 チョコを渡して告白したら、すぐに交際が始まって、誰かのものになってしまうかもしれない。 そんなことはどうしたって許せない。 だったら自分からさっさと告白すればいいのに、ヘタレな俺は出来ないでいた。 もしもフラれたら、もう今までのような仲の良いお隣さんではいられなくなってしまうかもしれない。 大学の授業が二限からでも、毎朝七瀬の登校時間に合わせて家を出て、一緒に駅まで歩いて同じ電車に乗る。 満員電車で七瀬を守るように囲ってやる。 そんな毎日も七瀬の拒絶によってガラガラと音を立てて崩れてしまうかもしれない。 このままでいい。いや、このままじゃ… 「お兄ちゃん」 やっと店じまいをして、店の裏口からゴミ出しに出たところで声を掛けられてビックリした。 七瀬は階段に座り込んで俺を待っていたようだ。 雪もちらつく中、七瀬はコートも着ないで寒そうに白い息を吐いている。 「七瀬⁉ バカ。こんなとこで何してんだよ」 言ってから気がついた。七瀬の手に何か握られていることを。 ピンク色のハート型の箱。赤いリボンがついている。 今日が何の日かを考えれば、それが何かなんて一目瞭然。 問題はそれが市販のチョコなのか、七瀬の手作りなのかってことだ。 「お兄ちゃん、チョコもらった?」 「もらった」 七瀬の眉がハの字になる。 「いくつ?」 「二個」 「誰から?」 「店長の奥さんとバイトの先輩から」 「先輩? ……本命?」 「義理だよ」 「そっか」 「荷物取ってくるから待ってろ。すぐ来るから」 コクンと七瀬が頷くのを確かめてから焦って中に戻った。 なんで今夜ここまで来たんだ? なんで、もらったチョコが本命か聞いたんだ? 答えは一つしかないように思えた。
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