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「あったかい」
俺のコートを掛けてやると、七瀬はニッコリ微笑んで俺を見上げた。
小柄な七瀬が着るとコートが大きすぎてブカブカだ。
「コートに足が生えて歩いているみたいだな」
惚れた女が自分の服を着ているというのは何とも言えない嬉しさがある。
「お兄ちゃん、ホントに寒くない?」
バス停で七瀬はまた俺に聞いてきた。
「大丈夫。おまえはすぐ熱を出すんだから、風邪ひかないようにちゃんと着てろ」
遠慮してコートを俺に返そうとする七瀬の頭をポンポンと叩いた。
「ありがとう」
七瀬が俺を見上げてピンク色の箱をキュッと抱き締めた。
バイト先のレストランから家まではバスで帰る。
そろそろバスが来る頃だけど、今夜は遅れて来ればいいと思った。
もっと七瀬と話していたい。
「なあ、今年は本命チョコあげられたか?」
「……今年も無理っぽい」
今年の相手は俺じゃないのか?
「毎年毎年、自分で食ってると太るぞ。せっかく作ったんだからあげろよ」
「そうなんだけど」
俯いた七瀬の頭を優しく撫でてやった。
これで他の男にあげられたら洒落にならない。
「あ、来た」
時間通りに来たバスに俺は心の中で舌打ちした。
「貸し切りだね」
一番後ろの席に並んだ七瀬が嬉しそうに呟いた。
バスの中は暖房が効いていて、ユラユラした振動と相まって眠気を誘う。
今日はバイトが忙しくて疲れているから、余計そうだ。
「七瀬?」
ふと気づけば、七瀬も居眠りをしていた。
まぶたを閉じて、少し口を開けているその顔はあどけなくて、あまりにも無防備だった。
そっと頭を引き寄せて、俺の肩にもたれさせてやる。
目が覚めたら俺に本命チョコをくれるのか?
俺たちは二人そろってヘタレだから、今年もダメかもしれないな。
でも、いいや。
とりあえず、こうして二人で寄り添っていられるのなら。
いつか必ずおまえは俺のものになるんだから。
こっそり七瀬の髪にキスをして、俺は再び目を閉じた。
バレンタインデーは一年に一度きりの特別な日。
毎年、チョコを作っては渡せない女の子はその相手の肩に頭を乗せたまま。
バスは恋する二人を乗せて夜の中を進んでいった。
END
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