第1章

2/2
前へ
/2ページ
次へ
これは、わたくしが幼少の砌に体験したお話しで 御座います。 あれは、わたくしが十やそこいらでしたで しょうか。 当時、わたくしが住んでおりましたのは、 二階建ての一軒家でとても古く、雨漏りが家の あちらこちらからしていたものですから、 お椀やらお菓子の缶、お台所で使うボール なんかが、どの部屋にも置かれておりましてね。 ええ、勿論、わたくしの過ごしていた二階の お部屋にも2,3箇所でしょうか、雨漏りして おりましたよ。 あれは、夏の初めだったように記憶して おります。 あの頃は真夏の暑い日でも、夜 眠る時は窓を 開けなくても大層 涼しく過ごしていたものです。 朝方でしょうか。正確な時間はわからないの ですが、午前五時頃だったように思います。 何かの気配、と申しましょうか。虫の知らせと でも言うのでしょうか。 突き刺さるような視線を感じたので御座います。 恐る恐る、ゆっくりゆっくりと目を開けて見ると とても長い長い足の、大きな大きな蜘蛛が、 眼前に居たので御座います。 子供の手の平の大きさくらいは、優にあったかと 思われます。 目と彼(彼女かもしれませんが)の距離は、 10㎝も無かったように思います。 あまりの恐怖で、声を発する事も出来ません。 息も出来ません。 身動きどころか、瞬きのひとつも出来ません。 彼(以下同上)もわたくしと同様、ぴくりとも 動く様子は御座いません。 どれくらい、そうして居たのでしょうか。 とても長い時間だったのでしょうか。それとも、 ほんの一瞬だけの出来事だったのでしょうか。 大変申し上げ難い事に、その後の記憶が わたくしには無いので御座います。 ただ、恐怖に歪んだわたくしの視界の端に 映ったものは、塗りの剥げたお椀だったことは 確かで御座います。 そうして、これは、推測にしか過ぎない 詮無いことであることを承知の上で申し上げる ならば、おそらく彼(以下同上)は、このように 思ったことでしょう。 最悪だ・・・、この世の終わりだっ! お先真っ暗だっ!・・・と。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加