第1章

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 映画やドラマの登場人物なら、こういうとき両親を殺した相手に復讐することを決意するのだろう、と白積はぼんやりと考えた。しかし当時の彼はあまりに子どもだった。葬式の準備もわからない。墓もどうやって用意すればいいのかわからない。自殺では生命保険が適用されないことも生まれて初めて知った。持ち家さえあれば生活には困らないと思っていたら、土地と家は存在するだけで税金がかかるということを知った。あれこれ終わってやっと落ち着いたとき、白積は身体よりも精神がくたくたに疲労していたのだ。  白積は自分の体内に、水瓶のような物が存在していると感じていた。誰もが生まれたときから腹の底に持っていて、一滴一滴感情の雫が落ちていく。心が広い者は、元々その水瓶が大きいのだろう。雫がいっぱいになって溢れ出ることはない。白積は己の感情の受け皿となる水瓶は、想像以上に小さい気がした。  何の前触れもなく、心構えもなく、唐突にひとりになった白積は、水瓶の表面ぎりぎりまで雫がたまっているのを感じた。それが溢れてしまったら自分はどうなるのだろう。目には見えないものを想像すればするほど、頭がおかしくなりそうだ。  だから白積は、考える事をやめた。復讐をしたって後にはなにも残らない―― 映画やドラマの中でよく聞くセリフだ。なんて便利な言葉だろうか。  小さな二階建ての家と、それに隣接したささやかな工房が、白積に残された財産だった。ひとり息子だった彼は小学生の頃から遊びの延長で陶芸を学んでいた。白積の身体には、技術という父の遺産が染み込んでいた。  両親が死んだ直後は、クラスメイトや友人など皆、白積にどう接していいかわからず、腫れ物に触るような態度をとり、次第に距離を置くようになった。そんなひとりになってしまったときでも、一年先輩の織部だけは、以前とまったく同じように接した。何事にもやる気がなくなった白積が、何度断っても遊びに誘い続け、絶望の底から浮上してくるのを根気強く待ち続けた。  白積が人生で感じた事のない寂しさに襲われていたとき、ずっと傍にいてくれたのが織部正臣なのだ。
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