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ここ10日ほど、織部は仕事が忙しかったのか顔を合わせていなかった。白積も邪魔をしてはいけないと思い、電話やメールを控えていた。陶芸家組合のホームページで募集をかけて、黒巌から応募が来たのは翌日、その後とんとん拍子に話は進んで今日の面接となった。今度会ったときにでも話そうと思いながら、白積は話しそびれていたのだ。
従順に謝る白積を見て、織部はぱっと手を放してテーブルの上で頬杖をつき、どこか拗ねたような顔で宙を見ていた。
「家事もできないくらい両手がやばいのにさ、先輩の俺にひとことも相談してくれないんだ」
「あ、あの、先輩にも話そうと思ってたんですよ!」
「ふぅん……」
白積は不機嫌になった先輩に焦るものの、決して不愉快ではなかった。両親が亡くなってから、こんなにも感情を露わにして白積を心配したり怒ったりしてくれる人はいなかった。織部は自分の預かり知らぬところで事が進むことをよく思っていなかったが、白積にはそれが優しさに感じられた。なにより、織部が自分のことを考えてくれていることが嬉しかった。
いまだ納得がいかない表情の織部だったが、頬杖をついていた右腕の時計に視線を落とす。それは海外ブランドに疎い白積でもわかる、ピカピカのオメガだ。
「そろそろ会社に戻らないと。家まで送るよ」
織部にそう言われて、白積は自転車で学校まで来ていたが置いて帰ることにした。次に来るときに歩いてくればいい。今は織部の車の助手席に座りたかった。
ふたりは陶芸室を出て、正門横の駐車場まで並んで歩く。教員たちの国産車の中に、ひときわ磨き上げられた車があった。織部は少し離れたところから、リモコンキーでロックを解除する。機械音と共にヘッドライトが点滅したのは、シルバーのBMW5シリーズだ。惚れ惚れするほどの曲線が、翳り始めた陽に照らされて地面に影を落としている。
「俺の作業着でシート汚れませんか?」
「いいよ、そんな細かいこと気にするな」
織部が運転席に乗り込んでから、白積は安心して助手席に座った。ラインが美しいスーツも、重厚な音がする腕時計も、人目を惹く高級車も、白積は汚れることを心配したが当の織部はまったく気にしていなかった。こういう人が本当のお洒落な人なんだな、と白積は思う。
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