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エンジンが掛かり車は地面に吸い付くようにゆるやかに発車する。ハンドルに片手を置いた織部の横顔を、白積は盗み見る程度に見た。少しだけ顔が熱くなった。
「その男の家政夫ってさ、どんな奴なの」
学校の敷地を出たあたりで、織部が口を開いた。白積は数時間前に面接をしていた風景を思い出す。工房のドアを開けたときの、あの強烈な威圧感はなかなか忘れられなかった。
「そうですね……、岩……かな?」
「なんだそれ」
織部はからかうように笑う。鼻で笑い勝ち誇ったように口の端を上げたのを、隣りの白積は気づいていなかった。
翌日、9時50分に黒巌はやって来た。昨日面接をしたときは約束の時間通りに来たのだが、仕事となると10分前行動を重んじているようだった。相手の家や企業に訪問する際、時間より早く行き過ぎることは逆に失礼にあたる、という社会人マナーを白積は知らなかった。
今日の黒巌も、昨日の面接時とそう変わらない身なりだった。深い色合いのカーキのTシャツに、キャメル色のチノパン、畳んで丸めた黒のエプロンを片手に持っている。相変わらず盛り上がった筋肉のラインが浮き上がっていた。太く逞しい腕とごつごつとした大きな手がなにかを持っていると、例えそれが日用品でも武器にしてしまいそうに見えた。
白積はエプロンを用意するという発想が、まったくなかったことをそのとき初めて気づいた。とりあえず、工房と自宅を簡単に案内することにした。
「工房の中はいつも土まみれなので、汚したくないものは自宅の方へ置いててもらって構いませんから」
白積の言葉に、黒巌は工房内を見渡しながら静かにうなづいただけだった。なんだか何を考えているのか不安になるくらいに口数が少ない大男だ。
父から受け継いだ工房は、決してきれいなものではなかったが、整頓する棚も多く機能的だった。入り口は全面ガラス張りの引き戸で、狭い空間をおいてもう一度引き戸がある。工房内に入る前に、外の砂埃を払うためだ。
常にブラインドが降ろされた二度目の引き戸を開けると、どこもかしこも砂っぽい作業場になる。アスファルトの床も広い作業台も椅子も天井や壁も、すべてが固まった粘土が砂に変わって付着している。陶芸をしている場では、逃れられない宿命なのだ。
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