第1章

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 ここ大岩町は古くから陶芸の町で、近所にも数多くの窯元がいる。父の代から加入している陶芸家組合に白積もなかば自動的に名を連ね、親子ほど年の離れた先輩陶芸家からあれこれと教えてもらいながら二八歳までやってこれた。  少し前から白積の両手に小さな水泡が出来始め、特に痛くも痒くもないので放置して粘土を捏ねたり、ろくろを回したり、塗料を混ぜ合わせる普段の仕事をしていた。  徐々にその水泡は酷くなり、手の甲の柔らかい皮膚に隙間なく広がってしまった。皮膚科の病院へ行っても『今の時期から流行り始めるんですよ。その内、蛇が脱皮するみたいに皮が剥けますから』と告げられ、原因を尋ねると『ストレス性でしょう』と取って付けたように言われ、塗り薬を出されただけだった。  両手にいつも薬を塗っているため綿の手袋が欠かせなくなり、どうしても放置できない水仕事はその上から厚手のゴム手袋をする生活が数日続いた。ほとほと困り果てた白積は、食生活を改善するためにも、料理を含む家事をしてもらえる家政婦を雇うことにした。組合員仲間に話したところ、ホームページの保守管理を任せている企業に連絡を入れて、白積の家政婦募集の記事を掲載してもらうこととなった。 『料理が得意で栄養管理に興味のある方』それが白積の希望だった。人を雇うなど初めてのことで、ほかに何を書けばいいのかわからなかったのだ。ただ美味くて栄養のある料理を作ってくれて、仕事をしている間に掃除や洗濯をしてくれればそれでよかった。  白積は大きな作業台を挟んで相手の向かい側に腰掛けた。背もたれのない木の椅子に座った黒巌は、姿勢よく背筋を伸ばしているため、黒いTシャツから胸筋の形が浮き上がっていた。 「どうぞ」  黒巌は自分から履歴書の封筒を相手の目の前に置いた。面接する側の経験などない白積は、すみません、などと言いながらそれを受け取る。もっとスマートに出来るようシミュレートしたはずなのに、入り口で出迎えて今までなにひとつうまく出来ていない。  なにより落ち込んだのは、黒巌静が男だったことだ。応募から面接日時の連絡まで、すべてパソコンのメールでやり取りしていた。白積は集中して仕事をするタイプで、ふいの電話で作業の手を止められるのを避けたかったのだ。
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