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まさか男だったとは……。白積は広げた履歴書を見下ろしながら、心の中でつぶやいた。『しずか』という名前から勝手に女性を想像していたの白積だが、まさか筋肉隆々の大男が面接にやってくるとは思ってもいなかったのだ。
こんなことなら『女性歓迎』とか、そういったニュアンスの言葉を募集記事に載せるべきだったと、今更ながらに後悔する。若い組合員から、男女雇用機会均等法で『女性限定』といった言葉が使えないことを教えられ、深く考えもせずに性別について特に何も載せなかったのだ。
黒巌静が男だから悪いわけではない。白積が高校生の頃から今までひっそりと想いを寄せている相手が、男なのが問題なのだ。
だからこそ、私生活のテリトリーに入ってくる他人は、無意識の内に女性を想像していた。白積は28年間、一度も女性を恋愛対象として感じたことがなかった。
黒巌とのメールでは、34歳であること、毎日でも通えること、資格は持っていないが栄養管理について学ぶ心積もりでいる、ということが書かれていた。白積は文面から誠実さを感じて実際に会うことを決めたのだが、こんなにもイメージとかけ離れた人物が来るとは思ってもいなかった。6歳年上の、20代では持ち得ない30代の落ち着きがある女性を勝手にイメージしていたのだ。
「これ、メールで言われていた料理ですが……」
黒巌は作業台の隅に置いていた濃紺の手提げバッグから、紙製の小さな箱を取り出す。面接日時を知らせた際に白積から『もし余裕があれば、簡単に食べられるものを一品作ってきてほしい』とお願いしていた。白積はなんの気なしに書いた一文だったが、相手からすれば合否に関わる試験だと重く受け取ったに違いない。
黒巌のごつごつとした大きな手が、紙の折りを白積の前に差し出す。なんだかやけに小さく見えた。箱を開けると、ポークカツサンドとサーモンカツサンドが交互に隙間なく詰められていた。
「すごいな……」
白積はひとりごとのように呟いた。今は両手が使い辛い状態だが、少し前までは気まぐれに自炊もしていた。だからこそ、ポークやサーモンをいちいち揚げるなんて、下準備も片付けも面倒なことを知っていた。
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