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一度席を立って手を洗いにいこうかと考えていたところで、黒巌は袋に入れて用意していた薄手のビニール手袋を紙の折りの隣りに置いた。しかも両方とも、手を入れやすいように指の付け根あたりまで捲くりあげている。綿の手袋をしている白積を見て準備したのではなく、自宅から元々準備してきたのだ。
外見とは裏腹に、細やかな下準備をしていたことに白積は驚いた。
「簡単に食べられるもの、と言われたので、仕事中に食べることを想定しているのかと……」
なるほど、と白積は納得した。それで手袋が用意してあるのか。
ろくろを回したり、素焼きに色着けをしていると、両手は常に汚れた状態になる。粘土は粒子となって爪と皮膚の隙間や大小の皺、指紋の溝にまで入り込む。ブラシを使って入念に洗い落とすのは作業を終えたときで、軽く洗い流すことはあっても休憩のたびにいちいち念入りに洗うことはしないのだ。
食事に箸やフォークを使うとしても、手が汚れたまま食べるのは気分のいいものではない。そうなれば手の汚れから守るものが必要だ。黒巌はきっと、そこまでを想定したのだろう。
「黒巌さん、合格です」
「……え?」
白積はどこか感動を含んだように言い、黒巌はあまりに唐突すぎてあ然としているようだった。
「あ、いえ……黒巌さんさえよければ、ですが」
白積はうしろめたさから、そう言葉を続けた。さすがに、俺ゲイなんですけど構いませんか、とは初対面の相手に言えなかった。狭い町で誰かひとりに漏らせば、一気に広がってしまう恐れがある。それに威圧的な第一印象で、すでに不採用にしようと構えてしまっていたことを、白積はうしろめたくも思っていた。
黒巌は白積の顔を見た後、開けっ放しの折りに視線を落とし、隣りのビニール手袋に視線を移し、そしてまた白積の顔を見た。とてもゆっくりとした動作で、彼の周囲だけ時間の流れが違っているようにさえ思えた。
「あの……黒巌さん?」
「カツサンド、お嫌いでしたか?」
「え? あ、あぁ……すみません、せっかく作ってきてくれたのに!」
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