第1章

7/32
前へ
/32ページ
次へ
 相手の言葉の意図を感じ取って、白積は急いで綿の手袋の上からビニール手袋を被せて食べる準備をした。折りの上で宙に浮いた白積の右手が、数ミリ左右に揺れたり、軽く握ったりして迷っている。パンの間で白い切れ目を見せるポークカツは、きつね色の衣にカツソースが塗られている。ピンク色のサーモンカツは見るからに柔らかそうで、添えられたレタスとタルタルソースが独特の歯ごたえを期待させてくれる。  どちらにしようかと迷っていると、正面に座る黒巌の真剣な目がじっと手を見つめていることに気づいた。白積は、早く選ばないと、と焦り、とりあえずポークカツサンドを取った。両手で持って口に入れ、半分ほど噛みとって咀嚼する。  ……なんだこれ、めちゃくちゃ美味い!  頬張る白積は言葉を発することができず、うんうんとうなづきながら黒巌を見た。  長方形のパンの中央に、若干小さく挟まれたポークカツは、実際に食べてみて比率の意味がわかる。噛んだときに押し潰されて具材がはみ出したり、下に落ちてしまうことを防ぐためだった。自炊する者だからこそわかることだが、使われている豚肉は決して高級品ではない。近所のスーパーで手軽に買えるランクのものだろう。採用されることだけを考えれば高値の豚肉を使ったかもしれない。しかしこのカツサンドの豚肉は、実生活を想定して身近な食材を最大限に活かせるよう細やかな下ごしらえがされたものだった。  咀嚼するたび肉と衣以外の歯ごたえを感じる。シャリ、シャリ、という音について白積が考えていると、それに気づいた黒巌が口を開いた。 「豚肉に切れ目を入れて、ピクルスとたまねぎ、チーズを挟んでから揚げました」  なるほど、と白積はなんとか口を開けずに言うが、上手く言葉にはならなかった。黙って噛み締めている白積を、黒巌は怖いくらいにじっと見つめている。白積はそれよりも、カツソースに少しだけ絡めたからしソースの風合いに夢中になっていた。 「ごちそうさまです。こんな美味しいカツサンド初めてです」  やっと飲み込んだ白積は、明るい笑顔でそう言った。黒巌は目を伏せ、うつむき気味に目を逸らした。その反応の意味が、白積にはわからなかった。 「いつから来てもらいましょうか、希望を教えていただければ……」  白積が壁に掛けたカレンダーに目をやると、黒巌が咄嗟に顔を上げた。 「明日からでも」 「え? 明日……からですか?」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加