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また急だな、と白積は驚くが、黒巌は真剣な目をして返答を待っている。その目は睨んでいるようにも見えて、ちょっと怖いな……と白積は内心たじろいだ。
明日からすぐに働きたいというなら、それもいいだろう。今の白積は両手が湿疹に悩まされていて、家事をするのが辛い状況なのだ。
「それじゃ、明日の10時にここへ来てください。自宅より工房のほうにいますから」
「よろしくお願いします」
黒巌の真剣だった目の力が少しだけ緩んだ。彼は立ち上がって一礼する。白積は座ったままそれを見ていたが、なんだか彼の礼の仕方はやけに慣れているように見えた。緊張して礼儀正しくしているのではなく、普段からそうしているようだった。
黒巌は濃紺の手提げバッグを手に取ったところで、思い出したように中からミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。まさか飲み物まで用意されているとは思ってもいなかった。素っ気無いただの水だが、お茶でも緑茶や烏龍茶など好みが別れるし、紅茶やコーヒーなどカフェインを受け付けない人もいる。好みがわからない最初は、ただの水が差し障りがないと考えたのだろう。
失礼します、と小さく口元で囁き、黒巌は工房から出て行った。ドアを閉めるときも、なるべく音をたてないようそっと閉めている配慮が感じられた。
今のところアルバイトの応募者は彼しか来ていないが、募集記事はホームページから下げるつもりだ。彼は口数が少なく表情も固い男だが、料理の腕は抜群だ。なによりも、食べる者への思いやりが感じられたことが、白積に即決させた要因だった。
白積は週に一度、大岩町内にあるデザイン科の高校へ臨時教師として陶芸を教えに出向いている。学校側から陶芸家組合へ要請があり、一年毎の持ち回りで組合員の誰かが授業を受け持つことになっていた。今年一年は白積の番となった。
山の麓にある田舎の高校だが、デザインの授業に特化した単科学校で、敷地内には陶芸室の離れが用意されている。グラフィックデザイン、建築デザイン、写真コース、陶芸コースとあり、卒業してそのまま大岩町で陶芸家として働く者も数名いた。陶芸家組合からすれば、後継者育成も兼ねた臨時教師の派遣といったところだ。
長方形の陶芸室は、左右の窓に沿って五台ずつろくろが並んでいる。中央にいくつかの作業台があり、前方には黒板、その裏側にある別室が窯になっていた。
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