第12章 【六花の白竜】

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城下町は喧騒に包まれていた。 理由は3つある。 ひとつめは、一夜のうちにして国王陛下の“不眠”の呪いが解けたこと。 ふたつめは、国民の前に滅多に現れない謎の王妃の正体が、エクートだと知れ渡ったこと。 そして、上級魔導師シダー・スプルースが、イストルランドの“英雄”として周知される事態となったことだ。 町をあげてのお祭り騒ぎの中、今回の主役とも言えるシダー・スプルースは苛立ちを隠せなかった。 上級魔導師の絶対数が少ない昨今、マントを装備していれば、どう足掻いたところで、多くの住民から声を掛けられてしまう。 何を買おうと、どこへ立ち寄ろうと、必ず10人以上から声を掛けられ、握手を求められる。 元々騒ぎの嫌いなシダーが町の中で放電した回数は、もはや両手を使っても数えきれない。 ただひとつ、幸運な事があるとすれば、上級魔導師の唯一の証となる金刺繍のマントがなければ、誰もシダーの顔を知らないと言うことだった。 マントひとつで安息が得られると思えば、致し方ない。 そう考えたシダーは、ほとぼりが冷めるまではマントの着用を諦める事にした。 城下に留まらず、城内では、別の意味で騒々しさに包まれていた。 たった1日で国王の側近が2人と、その配下が逮捕される事態になったからだ。 シダーの殺害を図った処刑人のグレス・フェンディと、それを示唆した執行官のビットリオ・アバントは職を失い、現在取り調べを受けている。 だが、もはや正気を失ったフェンディについては、正確な情報を手に入れることが困難だというのが、聴取を担当した者達の、共通の見解だった。 断片的な情報から勘案するに、当時パーカディアの王宮で働いていたフェンディの父親が、スカイディグ・ゴートヘッドに食い殺されてから、フェンディは精神の琴線がぶち切れてしまったようだった。 シダー・スプルース殺害計画に関しては酌量の余地があるものの、シダーをおびき寄せるために火床のフェンリルを使役してウェンディを騒乱に巻き込んだ事に関しては、無論、処罰されることとなったのだが、その内容は予想よりも遥かに軽いものだった。 リーガルとシダーが、火床のフェンリル達と、その親玉である巨大な白狼、嗜虐(しぎゃく)フェンリルをあっという間に討伐した事が、被害を最小限に押さえ、結果としてグレス・フェンディの刑罰を軽くしたのだという皮肉の声も聞こえる。
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