第1章

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「――あ、ちょ、ちょっとすみませんっ!」  ボクは追いかけようとして、改札機に押し返されておおげさに転んでしまう。顔だけ上げて向こうを見ると、ちょっと流れの鈍くなった朝の風景にこちらを見るその男がいた。 「あのっ!!」  叫んだ。けれど、驚いたような顔をして彼は人ごみの中に消えて行こうとする。ボクはもう一度改札を突破する進路を取って、踏みとどまり、係員受付へ飛び込んだ。 「あ、ちょっと!」  さっきの駅員の声が聞えるが無視。そのまま自動ドアを潜り抜けて、男が下って行っただろう階段を急ぐ。上りの電車がブレーキをかける音がする。ホームで待つ人ごみの中には見つけられなくて、慌ててボクはその電車へと飛び込んだ。  無賃乗車だ。  毎朝の日常を乗せた電車は何事もなく発車してしまって、ボクは鼓動を抑えられないまま過ぎ行く景色を眺めていた。  あの男を捜さなくちゃいけないと思った。けれど、そうやって車両中を歩き回っていたら目立ってバレてしまうかも知れないと思うと身がすくんだ。  窓の外の住宅街の白と黒ばかりの色彩。少しずつ弛んで、はっきりと止まって、人が乗り込んで、また出発する。  幸い、数駅そうしている内に降りていく乗客はいないようだった。それはこの電車が各駅停車で、今は急行の停まる次の駅を求める人ばかりだという事実のせいだ。ボクは押し潰されそうになりながら、かたくなに扉の窓のところの譲らなかった。  少しだけ色鮮やかになった街の風景が現れてくると、降りる人々がそわそわし始める。ほぼ全員だ。電車の速度が遅くなってきて、外の駅にも同じように人が沢山並んでいるのが見える。  音を立てて開いた扉から出ようとする乗客に流されて、ボクは外の空気へと放り出されて――  ――その男を見つけた。  五列分くらい向こうにいてその全身は分からないけど、服装、横顔、とくにその三角定規のような鼻筋は記憶にしっかり刻まれていた。片手に持っているのはビジネスバッグだろうか、とにかく、彼も上りの急行に乗って出勤する途中なのかも知れない。  今すぐにでも駆け寄って話を聞きたかったけれど、人ごみは堅すぎて列から抜け出せそうにない。それにそうこうしている内に、もう、向こうから電車がやってくる。  赤いランプを誇らしげに光らせて、今日も人を乗せるぞと大げさな音で風を切る。巻き上げる。  ボクは大人しく人の流れに従う。
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