プロローグ

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__ここはどこ……?__ 辺りを見回すが、周囲には誰もいない。 風が吹き、辺りの木々が揺れ、サワサワと鳴る音だけが耳に届いていた。 「おとうさん…おかあさん?」 幼き少女は震えた声で独りでに零す。 村の外に出るなんて事は過去に一度もなかった。 ゆえに現在の状況が全く掴めずにいる。 目に映る多くの木々達に、見慣れた建物が全く無い場所。 こんな光景は… ふと、自身がもっと小さかった頃、父に言われた話を思い出す。確かあれは新しい絵本を買ってもらった時だったか。 「この話のようにな、木が辺り一面にあり、緑が多いところを森と呼ぶんだよ」と。 「ここは、おとうさんが言っていた森…?なのかな。」 __でも、どうして?__ まだ幼い少女は考えてみるも、答えなど出るはずは無かった。 日が沈み、辺りは既に薄暗い。 気温も下がり、寒さで震える身体を少女は自らの手で抱く。 こわい、な…。 その時だった。 ガサガサッ 「?!」 少し離れた場所から先程とは違う、風が葉を揺らす音とは別のものを耳にし、慌てて視線を移す。 なにかがいる…? バクバクと早まる心音に無意識に自身の手を当て握り締める。ここに来てからの震えは収まるどころか強くなっていくばかりだった。それでも目線だけは音の元凶である何かを捕らえようと動いていて、暗闇に慣れない目をじっと凝らす。が、やはり少女の目ではその姿を捉える事は出来なかった。 森には魔物や獣がいる事もあるともおとうさんに聞いていた。 だから、村の人たちは余程の用がない限り森に近づくことはないとも…。 これが、村の人の誰かだ。なんていう淡い期待を抱けない事はたとえ幼くとも十分に分かった。 …私はここで食べられちゃうのかなぁ… 「…そこにいるのは、だーれ?」 意を決し、口を開く。 グルル… 直後聞こえて来たのは獣の唸り声だった。声の持ち主が何か、どんな格好でどんな種族がなんてものは分からない。それでもこの先にいるものが、こちらを威嚇していることだけは伝わって、どうにもならない現状に自然とぼやけてきたのは視界だった。 たかが、小さな少女が獣相手にどうしようも無いことなど火を見るよりも明らかで、唇を噛む。 このまま食べられてしまうのだろう。 獣や魔物は人を好んで食べる種もいる。どんな小さな子でも赤子の頃から言い聞かせられ必ず知っている常識の話だ。であるならばと、少女は大きく息を吸い込み震える声で問いかける。 「…あなたも一人なの?」 ガサッと音を立てて、茂みから出てきたのは大きな白い獣だった。 グルルル… 変わらず聞こえる唸り声に、被せるように声を発する。 「狼さん…?」 もちろん怖かった。いきなり見慣れない場所にいて、初めて目にした魔物は自分より遥かに大きくて。けれど、それでも少女は口を開くことをやめなかった。 訳が分からないまま消えちゃうくらいなら、せめて最後くらいは… 「わたしね、置いていかれちゃったみたい。気付かないうちに悪いことをしちゃったのかな。これでもおかあさんのお手伝い、ちゃんとしてたつもりだったんだけどなあ。もっと頑張っていたらお家にいれたのかなぁ…」 誰かに聞いて欲しかった。口に出したかった。どうせ死んじゃうなら、あなたがきいてと。目から零れる涙をそのままに少女は話す。 独り言のように呟き始めた少女を目に、白い獣は未だ動く気配を見せてはいない。いつの間にかさっきまで届いていたはずの唸り声は少女の耳に聞こえなくなっていた。 「お腹もすいたなぁ。甘いおかしが食べたい。おかあさんがつくってくれるあまいマフィンが…。あ、えっと、あなたもお腹すいたからここに来たんだよね。わたしが話し終わるの待っててくれたのかな?ちゃんと聞いてくれてありがとうね。もう、食べてもいいよ。なるべく、痛くないと良いなぁ。」 少女の言葉が分かっているのかいないのか、じっと彼女を見据え、動かない獣は何を思っているのか。 過度な緊張とストレスによるものか、少女は急激な睡魔に襲われつつ、ぽつりと呟く。 「よろしく、ね。なんだか、ねむたくなってきちゃったから…。夢の中でおかあさんやおとうさんに会えたら…、いいな…。」 この言葉を最後に少女は眠りに落ちた。新しく始まる為の眠りへと。
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