あたりまえの

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あたりまえの

私は気がつけば、ビルの屋上で倒れていた。 今のは一体何だったのだろう。 ふと、私は目を横へやった。倒れた時にポケットから落ちたのか、ケータイが転がっていた。 待ち受けの中の楽しそうに笑う娘。その姿を見て、心に込み上げてくるものがあった。 あったじゃないか、幸せが 娘がいるということ、成長を見届けられるということ。それら全て当たり前のことが、なぜ、なぜ今まで何も感じることがなかったのだろう。なぜ、幸せだと思わなかったのだろう。 当たり前の幸せ。当たり前の生活がどれほど大切か。辛いことばかりに目が向いて、気づくことができなかった。 ー生きていればね、必ず良いことがあるー あの言葉が頭に響く その時、私は思った。 あの女は、私の母ではなかっただろうか 顔も声も知らない母。私の出身と同時に亡くなった母。 父が酒を飲んだときふと漏らした言葉 「お前の母さんはな、生きてお前と一緒に過ごしたかったって何度も何度も言っていたなぁ」と 母はあのドアの向こうにいる。お前はまだこっちに来てはいけない、そう言いたかったのだろうか。 生きているからこそ、得られる幸せ 小さな幸せに目を向けろ 自分の命がなくなる覚悟で私を産んだ母。生きたくても死んでしまった母。 母だから言えた言葉だったのだろう 「ありがとう」 私は起き上がると、冬の乾いた空を仰いだ。 雲ひとつない空に、今は心がはずんだ。 まだ、世界は終わってなんかいない、 いや、終わらせてなんかやるものか。 まずは妻に電話をかけよう。 仕事もまた新しく探そう。 生きていれば、いくらでも前を向いて歩ける。希望はきっとある。 ケータイのコールがなる。 「もしもし、おまえ」 「もしもし、、あなた」 こうして、世界は再び動き出すー
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