序章

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 途端に、蒸し暑かった空気が冷えていく。少年は眉を上げた。刹那、ぴしりと小さな音が鳴り始めた。ぴし、ぴしり、びしびし……、とどこからともなく聞こえる。不思議そうに周りを見渡す少年と、尚も狂ったように叫び続ける少女。 「ああ”ああぁぁあア”あ……!!」  ビキンッ、と鈍く思い音が鳴ったかと思いきや、少女の周りの地面からいくつも何かが生えた。澄んだ結晶の塊、ぼこぼこと音を立てて辺りに発生する。そして燃え盛っていた炎と相打ちするようにじゅう、と火を消しては結晶も消えていく。 「氷……?」  しゅうう、とすべての炎が掻き消され、先ほどまで熱いほどまでだった空気が身震いしそうなほど冷え切っていた。濡れていた地面に氷が張っている。  なぜ、と少年は眉を顰めて消えていく炎と、勢いを落とすことなく出現する氷の結晶を見つめた。それから、ゆっくりと少女に視線をおろす。 「……ああ」  少年は溜息混じりに息を漏らし、顔を歪めた。父と同じ色の青水晶の宝石のような澄んだ青い少女の瞳は、青年や母と同じように紅く染まり、己を目一杯睨んでいる。 「……あーあ、本当に」  何でこうなるんだろう、と呟いた少年は再び妹をおぞましいものでも見るように眺めた後、小さく頭をくしゃりと撫でた。そして、踵を返して歩き出す。 「にいさん……っ!!!!」  悲しみ、怒り、憎悪。それらが混ざった声音で叫ぶ少女にぴた、と足を止め、兄は肩越しに振り返った。それからうっすらと笑みを浮かべて口を開いた。 「……憎ければ、僕を殺しに来ればいい」  もっとも、お前が生きていられたらだけど。と目を細める兄に少女の体が強張った。  殺しに――――。  手を伸ばした少女を遮るように、ゴオッと炎が目の前に現れた。咄嗟に腕を引く。その間に母を抱えた彼は再び歩き出し、あっという間に見えなくなった。  ゴロ、と空から嫌いな音が強く鳴った。さっきまで晴れていた夕空は真っ黒で、稲妻は先ほどよりも強くほとばしっている。ゴロゴロ、少女を小さな体を更に縮め父に抱き着くように丸くなる。ぽつ、と水が頬を濡らした。かと思えば急にザアアと激しく雨が降り出し、少女の行く手を阻んでいた炎が意図も容易く消された。  雷がうるさいほど鳴り、容赦なく体を叩きつける雨の中、少女は力なく座り込みながら、呆然と空を見上げた――――――。
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