第6話 心ならずも

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ムツオがお気に入りの老舗和食、長谷川に20時。 仕事場からも近いし、お店の人とも馴染みだし、共通の知り合いもいないし、詮索されないし、店主との適度な距離感が居心地がいい。 いい匂いのする店内に入るとムツオはいつもの席で落ちついてビールを飲んでいた。私を見つけて微笑む彼を見るとうれしさがこみ上げる。元々ある不安がその一瞬だけ解消されたような安堵感かもしれないけど。私は上着を脱いで席についた。まずはビールで乾杯。 落ちついたこのお店にマッチした落ちついたカップル。 私たちってそう見えるんだろうか。 仕事中はいつもビッシッと髪の毛を固めているのでそうじゃない無造作なヘアスタイルを見ると私も自動的にリラックスしてしまう。 ビールをおいしそうに飲むムツ。きっと何にも考えてないんだろうな~。 二人で通ったここではメニューを見なくても注文できちゃう。 私が注文したのはおぼろ豆腐とふわふわだし巻き卵にかれいのから揚げ、 外せないのがサーモンだ。ムツオはうな肝の串焼きを注文している。 ムツオ 「なんか今日つかれてる?」 私 「そーお? 今日そんなに忙しくなかったんだけどな」 疲れの理由を探したけどパッとは浮かばない。 デザイナーさんと打ち合わせてライターさんに写真のデータを送って、一日のことを振り返っても出てこない。 それに比べてムツはつやっとしてて脂ののった働き盛りって感じ。 この人49歳。私の14歳年上なんだよね。 こうして一緒にいても年の差ってあんまり感じない。 食事をしながら今日あった出来事を報告する。 料理人である彼との食事はいちいちうんちくが入って。 この魚は旬がどーとかこの野菜はどこどこ産だとか、 そーいうの聞きながら食事すると余計においしく感じてしまう。 今日のメインはサーモンの燻製焼き。 燻製と甘いサーモンのいい香り。箸でつつくと簡単にほぐれる。 私はぐんっと元気を取り戻したような気分になった。 ムツオと食事をするときは私にとっての充電タイム。こういう時間が私の一週間を癒してくれているんじゃないかな。満足な食事タイムを終えると、私たちはほろ酔いでお店を出た。
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