第13話 急湍

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散歩しながら妙な緊張感とざわつきが私の胸にこみあげてくる。 ムツオもディーナータイムはきっと勝負なんだよね。 気合十分で仕事をしてるハズ。 ふっとムツオのお店の近くに足をのばした。 考えてみれば4~5年ぶりかも。つきあい始めてしまうとお店に行くのはなんとなく悪い気がして来たことがなかった。 なんか、なつかしい。 そう。 大きなビルの1F。奥まったところにあるからちょっと中に入らないと素敵な店内は見えてこない。 私は勇気を出して一歩中に入った。 店内は賑わっているようだった。 入口にイタリアンの国旗とお店の看板が見えてくると同時に、人の声やいい香りが漂っている。 お客さんのふりをして店内をのぞく。 厨房で活躍しているであろうムツオの姿はここからは見えない。 入口付近に赤ちゃんを抱っこした女性がボーイさんと話している。 ショートヘアに黒いベロアのタンクトップ。 大きなゴールドのイヤリングがとても鮮烈。 終始にこやかで聞こえてくる声は 奥さん…とか。旦那さん…とか。 ボーイの対応からその女性にとても気をつかっていることがわかる。 何名様ですか? と、ボーイさんに声をかけられないうちにいったん外に出た。 外に出ても心がざわざわと落ち着かない。 私はそのまま夢遊病者のようにふらふらと街を歩いた。 どこかのお店に入るという気分ではなかったのでデタラメに歩いた。 やっぱり、ムツオは第一線で仕事をがんばっていた。 私は銀座をふらふらして何なんだろう? ここにはどこにも自分の居場所がない気がする。 場違いな場所で浮遊して浮いている私。 銀座のお店に陳列された洋服やアクセサリー。すべてが自分にふさわしくない気がする。 まったく道の方向がわからないまま歩いた。 ここはどこなんだろう? すると、さきほど見た覚えのあるゴールドのイヤリングの女性が現れた。 赤ちゃんを抱いている。 あれ? さっきのあの人だ。 すぐ後から白いコックコートに身を包んだムツオが後に続いていた。 和気あいあいとしている。 どうやら見送りのようだ。 女性が胸にだく赤ちゃんに軽くキスをする。 それから。その赤ちゃんを抱く女性に優しく長いキスをした。 にこやかに手を振りあってお別れする幸せな家族のワンシーン。 ここにいる私の存在にまったく気がつく様子もなく、 ムツオはお店に戻っていった。
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