非日常的な日常

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カリカリとシャープペンが答案用紙の上を走る音が聞こえる。 誰かの咳払い。 椅子を引く耳障りな音。 期末試験の最終日。 夕べ徹夜したから、ふと睡魔に襲われる。 ダメだ、ダメだ。ここで眠ったらおしまいだ。 プルプルと首を振って、窓際の前から3番目の席を見た。 新田 悠人くん。私の好きな人……。 が、座っている”はず”だ。 確信が持てないのは、彼の顔が見えないから。 今、少し前かがみになって座っている制服の衿から上にあるはずの彼の頭は見えない。 透明になってしまった彼の頭の代わりに、窓の外の桜の木が見えるだけだ。 袖の先にはシャープペンが宙に浮かんで忙しなく動いている。 ああ、新田君も頑張っているんだから、私も時間ギリギリまで頑張らなくちゃ。 「大問2のあれって、分詞構文?」 休み時間のざわめきの中でも、私の耳は新田君の声を確実に捉える力を持っている。 ある意味、新田君の”特殊能力”よりも優れ物だ。私にとっては。 彼の低い声が好き。私のお腹の奥の奥まで響いてくる。 この素敵な声があるから、そこにいるのが彼だとわかる。 もちろん制服が形づくっているヒト型は、ラグビー部だったガッシリ体型の新田君のものだ。  でも、顔が見えないから、本当に彼なのかはわからない。 似たような体型の別の透明人間という可能性だってなきにしもあらずだ。 そんなことを言ったら、似たような声の透明人間かもしれないだろうと言われるかもしれない。 でも、それはない。 こんな素敵な声の持ち主は世界中探したって新田君ただ一人だから。 新田君が透明になったのは、夏休み明けのことだ。 原因ははっきりしないけど、朝起きたら透明になっていたらしい。 人間誰しも透明になったらやってみたいことって一つぐらいはあると思う。 男子だったら女子の更衣室を覗いてみたいだとか。 女子だったらチケットが入手困難なバンドのライブに潜り込むとか? 私なら映画をただで見放題してみたい。 それ以外は思いつかない。 そう考えると透明になるって、それほど利点はないような気がする。 実際、新田君もいろいろやってみたそうだ。 で、すぐに飽きた。 そして、すぐに最大の危機に直面した。 それは【出席日数】だ。
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