非日常的な日常

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透明になったことをみんなに打ち明ける勇気が持てなかった新田君は、しばらくの間、裸で登校していたらしい。 夏で良かった。これが冬だったら、風邪をひいていただろう。 学校に来たのはいいけど、せっかく授業を受けても彼がいることは誰にもわからないから欠席扱いになる。 そんなことが続くと出席日数不足で単位が取れなくなる。ひいては卒業できずに留年なんてことにもなりかねない。 私も心配していた。2学期の始業式に顔を出したっきり、ずっと欠席の新田君を。 新田君のご家族は、そのうち治るだろうと楽観視していたようだけど、新田君本人は深刻に受け止めていた。 このままでは、出席日数が足りなくなってしまうと。 そこで、新田君は明日から制服を着て行こうと決意した。 チャリ通の新田君の自転車を追い抜いた車のドライバーたちが事故を起こさなかったのはある意味奇跡だ。 頭も手もない制服が自転車を漕いでいたんだから。 幸いウチの高校はそんなに厳しい学校じゃなくて、規定の制服さえきちんと着ていれば透明でも構わないと言われ、新田君も胸を撫で下ろした。 初めの1週間はそれはもう大騒ぎで、学校中の生徒がうちのクラスに新田君を見に来たと思う。 でも、体育祭の練習でそれどころではなくなって、”新田フィーバー”はあっけなく幕を閉じた。 残念なことは新田君がラグビー部を辞めたことだ。 新田君がボールを持っているのかよくわからないせいらしい。 あんなにキャーキャー騒いでいた新田ファンの女の子たちは、あっさりと他の選手に鞍替えした。 生物室の窓からこっそり覗くだけだった私は、もうラグビー部の練習を見ることも止めた。 そして、透明な新田君は、まるで入学したときから透明だったかのように私たちの日常の一部と化した。
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