1人が本棚に入れています
本棚に追加
そこには何もいなくて、けれども少女がナニモノかに絡まれていて、包まれていて、含まれていて、その口からは悲鳴が漏れていて、悲鳴には無限の色彩が溶け込んでいて、ガラスの反射が少女の未発達のいくつかの部分を緩やかに隠し、ゆらし、黒く染め上げ、淡く浮かし、ついで露にし、腫れ物に触るように優しく、かつ弱者をいたぶるように荒々しく、その身体に触れ、かつ締め上げている。
それは何だったのだ? 恐ろしい考えがぼくを襲う。いやだ、いやだ、いやだ! そんなことあるはずがない。
でも――
そのとき視点が入れ代わる。目の前で腕を捕まれている貧相な若い男は誰だ? それはぼくか? ぼくなのか? そんなことがあっていいのか?
ならば――
少女を弄ぶナニモノかが、ぼく? ぼくの? ぼくの「……」?
欲するから、そいつがやって来る? 欲するからココロがそいつと一体化する? ぼくが欲しているのは外界じゃない! そいつが欲しているのは現実じゃない! そいつが欲しているのはリアルな存在じゃない!
脳がそれを見せているのさ、と告げる誰か。
そりゃそうだろうよ。どの経路を辿ったって結局はそれしかないだろう。別の誰かが投げやりに補足。
でも、そいつぼくじゃない。そいつは魔だ!
哄笑が辺りに響き渡る。
名前をつければいいってもんじゃないだろう? バケモノ? 怪物? 天使? 裏モードの、紅い、碧い、あるいは黄色い、黒い……
脳の中を信号が鋭く貫き、両手の感触が通常に戻る。眩暈がする。クラッと……。
やがて気づくと何か柔らかいものを掴んでいる。それにはミミズ腫れが浮かんでいるが死んではいなくて、けれど生きてもいなくて、大きな眼が限界まで見開かれ、ぼくを見つめる。
その瞳の中にぼくが映る。ぼく? これがぼくか? ぼくなのか?
それはぼくではない。少なくともいままでのぼくが知っていた、ぼくに親しいぼくではない。
それは凍りついた目をしている。それは美しい怜悧さを湛えている。
最初のコメントを投稿しよう!