笑顔の成分

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 ふたりでそのまま、長い時間、話をした。  的野は今まで自分のことはほとんど話さなかったけれど、枷が取れたせいか、過去の出来事もこだわりなくしゃべるようになった。  小学校の頃の思い出話から、離れていた中学高校時代のこと、そうして、再会してからのこと。  雪史も自分の神戸での生活を、あのころ思っていたことを包み隠さず話した。  話している間に、雪史は心の中にわだかまっていた長年の悲しみが、やっとほぐれて流されていく気がした。  わかってくれる相手に聞いてもらえて、はじめて、悲しみは癒されていくようだった。  それは的野も同じだったのだろう。自分の抱えていたものに耳を傾けてもらえるという嬉しさが、言葉の端々に感じられた。  日が暮れて真っ暗になるまで、的野は助手席に移動してきてシートを倒し、せまい空間で額をよせてささやきあった。  やがて腹もすいてきて、山を降りてふもとまで来ると、『とっておきの隠れ家』にしているというラーメン屋に連れて行ってくれた。  店をでたのは、午後九時すぎ。暗くて人気のない駐車場で、的野は雪史の手をとって、指をからめてきた。 「これから、どする?」  車までの短い距離を、手をつないで歩く。指先に、ぎゅっと力をこめてきた。 「もう帰る?」  少しそっけない言い方だった。けれど反対に、五本の指は、帰したくない、と言ってきている。  雪史だって、このまま帰りたくはなかった。的野と離れてひとりになりたくなかったし、的野をひとりにもしたくなかった。 「……まだ、帰らない」  見あげれば、的野は淡く笑っている。 「じゃ、ふたりで、どっか、ドライブいこう」  車に戻りしな、的野が確認するようにきいてきた。 「一晩中でもいい?」  キーを手に、ルーフ越しにたずねてくる。 「……うん。ばあちゃんに連絡入れれば……いい、と思う」  的野は了解、というようにうなずいた。
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