第2章 失われたサルン

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一月、北加伊道の国会や官僚、軍人が多く逮捕される。 その多くは国王の提唱する日本列島、千島列島、樺太奪還に反対した人々だった。 だが、その嫌疑は殆ど「邪宗信仰」であった。 砂澤の著書は国内で多く出回っていた。国内の法条にはアメリカ型の言論権が取り入れられていたためである。 その頃においては親に隠れて小・中学生も読むぐらいのものだったが、その思想関係の見られる人物という名目で彼らは逮捕された。 その結果、国会は国王に大権を委ね、ロシア、アメリカ、中華共和国連邦、イギリスとの「外交交渉」強行を開始する世論を支持する者が多くなった。 北加伊道帝国の誕生、そして北加伊道共和皇国の発端、第二次東亜戦争の原因となる。 「一神教事変」である。 「ついたぞー、イワミザワだ。」 私たちは夜の道を逃げ回り、隠れる追っ手から隠れて、あの脱獄の翌朝にようやくソラブチ州南部の中心街にたどり着いた。 あちらこちらに温泉・宿場街が立ち並んでいる。 日帝開拓時代、ここはサッポロやオタルとソラブチ以北の炭鉱などを繋ぐ国道があったため、休泊所が栄えた。 「湯浴み澤」 いつしかその地をそう日本人たちは呼び、いまでも衰退の途ながらその名残を残している。 あたりは一面の雪景色で、今も大粒の雪が降り注いでいた。 ドームの中の首都サッポロでは見られない景色である。 曇り空で10ヤード先までもが見えないホワイトアウトや、輪跡をかき消す積雪が少なからず役に立っているんだろうな、とミラルは呟いた。 後部座席で突撃ライフルを小脇に抱えながら、眠そうな目と姿勢で 「もう車内はこりごりだ」 と、今にも続けてこぼしそうだった。
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